設計事務所」タグアーカイブ

軒下空間

今日は西予市明浜町で上棟式と餅まきでした。
 
クラクラするほどのいい天気に恵まれ
崩壊しかけてもなお守り続ける石垣と
そこから生き続けるソテツの繁みには
生命力を感じます。
 
0425-04明浜
 
0425-03明浜
 
屋根が刳り貫かれた軒下のアプローチ空間
 
意図的につくられた空間や
認識するに容易な空間以上に、
そこに赴くまでの「間」がなんとも言えません。
 
用途的には意味を持たない部分であり
単なる通路でしかないかもしれないけど、
この「間」のはかり方によって
限られた空間に無限の広がりと
心地よい緊張感や期待感を感じると同時に、
ここに集まった老若男女の町の人々が餅を拾う風景には
この町の可能性を感じました。

フラッと、、、

 
ここ数日間、
営業活動や打合せするも
アレルギーのせいなのか、
単なる疲れからなのかわからず、
集中できない。
 
 
我ながら大したキャパシティじゃないなと反省。
 
 
雑文である事は自覚しているけど、
一日の時間には限りがある。
 
空を眺めたり、
風のそよぎに触れる時間も
欲しいのである。
 
 
写真は先日お引渡ししたお家に
フラッと寄ってみた。

植物の魔力

↑ 高松市「高松町の家」
  遠くに見える山は屋島
 
桜の咲く頃に再撮します。
 
 
今日は高知市内で美容室の打合せ。
 
目立つようで目立ちにくい場所。
その難題を安易に植栽で解決するべきか否か。
 
確かにアンデルセンの童話の影響ではないけど
デンマークの植物はどこかしら死を連想させる。
 
それは暗く悲しい死ではなく
静かで安らかで、甘く暖かい死。
 
生い茂る葉っぱと絡まる蔦は
もとの姿をゆっくりと覆い隠してゆく。
 
そういった背景の中で考えると
やはり「余白」の存在を意識化させないといけない。
 
覆い尽くしてしまうのではなく
植物が描く自然のグラデーションが必要である。
 
 
 
未だ改装されてないアルネ・ヤコブセンの
SASロイヤルホテル606号室。
 
この部屋で使われているブルーグリーンと
枯れることのない植物に包まれながら
年内オープンに向け
今日もまたボクを優しく絞め殺す。

同時開催

↑ 高松市「東山崎の家」平屋の寄棟の家
 
 
0304-妹尾の家OH
↑ 岡山市「妹尾の家」スキップフロアの家
 
 
このたび設計監理を進めてまいりました
「東山崎の家」と
「妹尾の家」が
竣工しました。
 
クライアントのご厚意により
オープンハウスを行います。
 
お時間が許すようでしたらぜひお越し下さい。
 
当日はゆっくりご覧いただけるために
予約制とさせて頂いております。
 
ご予約は下記、
TEL・FAX・メールにてお問い合わせください。
 
現地の場所については
ご連絡いただきました方に
こちらからご案内いたします。
 
 
設計監理:テンキュウカズノリ設計室
岡山市北区丸の内1-13-10-2F
Tel:086-235-5516
Fax:086-235-5517
http://www.k-tenk.com
E-mail:info@k-tenk.com

人類の記憶

 
さんさんと降り注ぐ太陽と
さらさらとそよぐ潮風だけでなく
先人の知恵により石灰岩で創られた石垣は
みかんのおいしさをいっそう引き出す。
 
それは単に
造形感覚の血が騒ぐシロモノというより
建築と自然が共生して出来た
人類の記憶史と言っていいでしょう。
 
 
大工さんの作業場より

光の役割

 
「妹尾の家」
「東山崎の家」
ようやく足場が外れる。
 
 
空間の快適さの中で
光が占める役割の重要さというのは
相当なものではないかと思います。
 
 
それは照明器具の光ではなく
自然の光なのです。
 
0214-妹尾の家

屋根

高松市「東山崎の家」
 
 
建物の外観を決定する重要なものとして
屋根があります。
 
日本のように雨が多いところでは
軒の出の深い勾配屋根が理想的で、
屋根の形は日本建築の中で
美しいものの一つです。
 
古いものを大事にしつつ
新しい形で表現していけたらと思います。

バランス

四万十市 具同の家
 
 
建築の技術は
堅固で丈夫な骨組みを作ることだけど、
 
芸術面でいうと釣り合い
 
つまり出来上がる構造体の比例、
部屋の大きさ、
柱の太さ、
 
これらの作り出す空間の造形美によって
何かしら感じるきっかけを
つくることが出来るといいな。

シンプルに、そしてフレキシブルに、、、

岡山市 妹尾の家
 
 
シンプルな形の中に
今までの住宅の概念を
詰め込むのではなく
このスペースを
どう住みこなしていくかということ。
 
 
構造的にも殻はシンプルに
そして考えはフレキシブルに。

異人館

 
世界には異人とも呼ぶべき人が確かにいる。
 
この家のクライアントもその一人である。
 
この建築はその人物の異人ぶりをそのまま形にしたともいえる。
 
そのことは何回かに分けて書いていこうと思う。