「窓辺の場所」という言葉を
本を読んでいて見つけた。
何か素敵な響きの言葉に思えた。
卑近な例えだけど、
季節が秋から冬に、
冬から春にかわる頃などは
窓辺でゴロゴロしたくなる。
西に向いた窓から見える遠い景色を見ながら
何が大切かという根源的な問いを
忘れないようにしたい。
複雑に絡み合った足場とデッキの骨組み
月別アーカイブ: 2018年4月
オープンデスクデシタ
いささか学生としては時の積み重ねを
肩に背負い過ぎていたようにも思う。
流されずによく考えているからこそ、
もう少し自分の道を考えても
いいんじゃないかという、
我ながら妙な情動が湧いてくる。
他人の人生に踏み入って、
その敷かれたレールを
切り換えるデザイン程
難しいことはない。
だから自分でデザインするしかない。
満たすことの難しさ
事務所の近くの散り始めた夜桜
生きていくことは大変なことだ。
「世事わが事に非ず」に
徹底して生きられるためには、
よほどの楽観が必要である。
しかしなかなかそれが出来ないから
悩むのかもしれない。
人々が多様化、情報化の方向をとっているときは、
一人ひとりが何にこだわっているのかを知るだけでも大変な上に、
仮にそれがわかっても、
それを満足させる方法を見つけるのに苦労し、
またやっとそれを見つけたとしても
果たしてその人がその場にいてくれないかもしれず、
その他の矛盾した欲望の人の方が来てしまうかもしれず、
それを全部満たすことの難しさを感じる。
「年々や桜を肥やす花の塵」芭蕉