あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
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そこには建築も都市も敷地も要望もない。
あるのは子供の頃、
創造していたコト、モノ、バショを
表現すること。
そのわずかな要求の中で、
どのようなカタチ、記憶の片隅の中で
自主的なエネルギーを
誘発していくかが問題である。
それらを解決するのは記憶の連続なのか?
それとも思いつきの連続なのか?
それらの断片をなめらかに連続させていくのが、
直感的理論というか、
図形判断への気持ちの中の
心棒みたいなものなのだ。
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ちょうど全体を見ようと
高台に上がってブランコを漕いでみた。
まだ向こうがあると空へ鳥のように飛んでみた。
空高く飛んでみたら
自分のいた場所はどこかへ消えていた。
考え直してみたら、
一人の時間が持てる
関心の数は限られており、
習い覚える量も限界内で、
判断できる範囲も
年齢とともに少なくなる。
今年は有限の世界から
もう一度見直す必要がある。
もしかしたらそれは
つくらないことこそ創造の世界であり、
有限の世界なのかもしれない。
2月のカレンダーにて