ものをつくるときは、
人間の直感というものが原動力だと思う。
理論というのは
どうしても一面しか考えられない。
だけど建築の場合は、
あらゆる面から
多くの問題がかかわってくるから、
やはり直感というのは自然で、
大事なんだろうなと
47歳の誕生日を迎えて思った。
上の写真はスタッフが直感で選んでくれた
誕生日プレゼントのシダ植物。
下の写真は「大島の家」の棟上げと
「鳴門の家」の配筋検査
月別アーカイブ: 2017年8月
測ること
塊根植物と引替えに、、、
物差しは人それぞれの歴史や経験でつくられる。
筋書きや解釈がそこにつくられて、
良し悪しの判断の基準となる。
それに頼りつつ、
あるいは疑いつつ、
行動を選んでいる。
測りながら
人はそうやって生きている。
測ることはあやふやな自分の場所を
見出そうとすることと重なる。
測るためには、
定規が正確でなくてはいけないし、
目盛りを見る目が確かでなくてはいけない。
それを正確に測ることはとても難しいので、
私たちはしばしば測る行為を間違える。
己を知れ、と言われても
完全に測れる人はいない。
ましてや他人を含めた自分の生きざまを
正確に測りきることは余計に難しい。
だから後になってその測り間違えに気づき、
しまった、っと思ったりする。
最後までうまく測りきれずに終わることだってある。
それでもやっぱり私たちは何かを測り続けている。
測ることは、自分の不完全さを絶えず確認しながら、
より良き道へと進ませようとすることなんだと思う。
何かを見つけながら、、
何かを測りながら、、、
深夜力
花火と月と平野
事務所の屋上にて
職業柄、忙しいときは仕事が
深夜に及んでしまうことがある。
夜の方がかえって仕事が進んだりする。
午前中に新鮮な気持ちで
仕事を次々と進めていく快適さも大事だけど、
昼間には常識的な考えしか
浮かばなかったことが、
夜になるとフワッとアイデアが
生まれてくることが多々ある。
学生の頃は設計の課題で
幾度となく徹夜を経験する。
そして、徹夜でモノを生み出すことの
楽しさみたいなものを共有する。
夜は人を少しだけ変え、
昼間には隠されていた
楽しさのふところに触れさせてくれる。
夜、仲間たちと久しぶりに飲み明かす。
夜、ふとしたきっかけで何時間も電話で話をする。
夜、小説にはまり時間を忘れて読みふける。
夜、全てを遮断して、思考を深め、図面を書き続ける。
夜、試験が迫っていることに焦りを感じながら、
自分の将来について夢想する。
家のどこかに
その深夜力を大切に守る場所を
作り出すことが、
きっと建築家の役割なのだろう。
夜、時に人を執拗にさせる。