テンキュウカズノリ設計室」タグアーカイブ

果報は寝て待つべきか、、、

↑ 屋島の家
Worksへのupはしばらくお待ちください。
 
 
気がつけば仕事始めから1週間、
展覧会から1ヶ月近く経つ。
 
「果報は寝て待て」のことわざがあるけれど
まずそんなことはありえない。
 
私の場合「果報」はチャンスだけど
これは決して棚からぼた餅が落ちてくるように
落下してこない。
 
まず何よりも渇望しなくてはならない。
 
そうすると身体も精神も受容的になり
さらには能動的になってくる。
 
そんな中人並みに歳をとって
体力も落ちているのを自覚しているけど、
やりたいことは増え続けている一方。
 
受容と能動を繰り返しながら
年末年始を過ごし今に至りました。
 
 
遅ればせながら
明けましておめでとうございます。
 
本年もよろしくお願いします。

一週間の展覧会を終えて、、、

↑ クライアントが会場に来て描いてくれた似顔絵
 
 
 
出展した15組の建築家の皆さまお疲れ様でした。
 
と同時に年末の忙しい中、来場してくださった方々、
ありがとうございました。
 
 
15組集まったこの展覧会は初めての試みで、
まだまだ始まったばかり。
 
どういう形で次に繋げていくかは分からないけど
どう変わってゆくかは
半分期待して
半分ゆっくりと続けていく気持ちでいたいと思います。
 
人間がたくさん集まれば喰い違いや行き違い、
関心の温度差があるのは自然なことだけど、
でもそれ以上に一人では得ることの出来ないものがあります。
 
何が正しくて
何が正しくないか、
正解はない。
 
自らが行動して見て感じて
それぞれが考える力を持って
進んでいこうと思います。

我々の仕事を知ってもらうために、、、

 
現実は相も変わらず、砂を噛むような日々だ。
 
大人も子供も、
専門家も素人も、
先生も学生も
変わりはない。
 
人々は都市へ流出し続けて、
町は小ぶりになってしまった。
 
でも、小さくなってしまったけれど、
都市では見られないモノも生み出しはじめた。
 
この場所しか生み出せない
いろんなモノが作り出されている。
 
小さいけれど、
この町に住む誇りだって芽生えはじめている。
 
 
 
しらけていたり、
悲観してばかりいたり、
手をこまねいて
机上の空論をこねくりまわしてばかりはもういい。
 
境界線をくぐり抜けてゆけば、
きっとまだ見ぬ国への道を見つけることが
出来るのではないか。
 
ガキっぽくても、
単純でもかまわない。
 
とりあえずやってみようではないか。
 
それからでもいい、
 
考えるのは。
 
 
12月16日~21日
さん太ギャラリーにて
展覧会に出展させていただきます。

築くこと、傷つくこと、気づくこと

 
四万十市に建つ具同の家
 
 
棟上も終えこれから徐々に仕上がっていく。
ゆるやかな山の量塊がそのままボリュームに移され
その量塊となる屋根がふわっとやさしく覆う。
 
 
§
 
 
独立して11年経った今、
ボクが最初の設計事務所に勤めたときの
所長の年齢になっている。
 
若い人間の人生を変えてしまうようなボクであるか
大いに疑問である。
 
痛切に変わってしまうような、
ボクがそうであった相手のような人間になっているか、
自分で自分をはかりにかけてみるけど
まだまだ不合格である。
 
 
時が解決するタグイの問題なのか?
 
未完の人材に出会うことが出来るのか?
 
ボクが気づかないだけなのか?

成り立ちを描くしごと

国道沿いに建つ農家住宅の棟上げ。
 
 
大工の吐く息がたちどころに凍って、
結晶してサラサラと
下に舞い落ちるほどの寒気であった。
 
とまではいかないけど、
滴る鼻水が吹き飛んでいきそうなほどの
風の中の棟上げだった。
 
 
かつては田畑であったであろうこの場所には文明化が進み
想像を絶する変化だっただろう。
 
刻々と街や建築が変化していく中、
我々の職能も、
図面を描く技術者というよりも
新しい世界の成り立ちを
描くことが出来たらいいな。

原風景

 
建築的な原風景の一つとして
祖父母の家の蔵があります。
 
 
子供の頃は
一人で開けられなかった
重たい引き戸を開けて入ると
真っ暗な空間は神秘的だった、、、
 
と感じるほど
感受性豊かな子供ではなかったけど
先日、2年前にお引渡しした
お家の撮影の時にふと思い出した。
 
 
141103-桑野の家02
 
141103-桑野の家03
 
嫌がる奥さんを
半ば強引に撮らせていただきましたが、
よりいっそう「住む場所」としての奥行きを
撮ることが出来ました。
 
ありがとうございました。

職人の仕事

 
高知市内で棟上。
 
 
プレカットでは出来ない
変形した建物は
手刻みで組んでいく。
 
コノ写真は
ベニヤに手書きで書かれた
大工の図面。
 
手作り、
職人の仕事、
総じてモノ作りは
今あまりにも情けない状態である。
 
小さな家だけど
コノ図面を見ると
考えさせられる。

表現者

しばらく見ないうちに表現者に近づいている。
 
 
表現者を手助けするそれを聞いていると、
耳から緊張してきて、
体中が張り詰めて、
吸い寄せられる。
 
音によってその場がつくられ、
また音によってその空間が変化していく。
 
日曜日のコンクール、
自分の思い描いているイメージを
表現してきてください。
 
 
遠く今治から応援している。
ゴメン、、、

生命維持体

上の家の方向性も定まり、
実施設計を整理していく。
 
 
生命維持体としての住宅という概念が生まれるのか?
 
マイノリティーの仕事の行き着くところは
コレかもしれない。
 
もうあんまり贅沢は言わないで、
対面している諸問題に対してゆくしかないだろうな、、、
 
対面している問題は
皆一級品だと考えてしまおう。
 
 
かくの如き、
有機的形態及びスケッチに向かっている現実に
ヒヤッとするが、
それらを把握出来るようになっている自分に、
少しホッとする。

至上の表現

松山の家
 
 
今書き続けているこの日記は
習慣化し馴染んでしまい
日常生活の連続である。
 
それがいつの頃からか
これは私の表現方法ではないかと気付き始める。
 
もちろん詩吟を吟じたり
書を書いたりするのも表現でもあるし、
家族が思いの丈をぶつけ合ったり、
他愛ない限りを尽くす生活が
人間の至上の表現ではないか。。。
 
今回の「松山の家」のプレゼンで、
表現方法の真理らしき入り口に
近づいたような気がした。