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現実逃避の旅

空間とは意志か偶然か.

そんなことを考えていたら

気づけば荷物を詰めていた.

現実逃避か?

これは構造の再検討であると

自分に言い聞かせながら…

長崎は地形と歴史と建築が交錯する都市だ.

坂を上がったり下りたりするうちに

時間の層が足元に積もっていく.

坂本龍馬が歩いた道

彼は刀を置いて船を選んだ.

グラバー邸に出入りしながら

開国という夢を構築していた.

そのグラバーは異国の商人だが

彼の邸宅は和洋折衷、

風土と技術の交雑そのものだった.

建築が外交だった時代がそこにあった.

キリシタンはこの街で迫害され

やがて受け入れられた.

大浦天主堂の尖塔が語るのは信仰と耐震の妥協.

西洋建築はこの地で風土に従い変形した.

純粋ではないからこそ強い.

岩崎弥太郎は別の方法で都市を作った.

高島や端島に労働と機能だけを集約し

空間を「経済」で構築した男.

彼にとって建築は資本の器だった.

それらは別々の思惑で動いていたが

交差点は長崎だった.

文化、宗教、産業が重なり

建築がその証人となった.

長崎の建築には純粋さも均質さもない.

揺らぎ混沌とした地形と文化の上に

建築はあえて立つ.

形をとどめずしかし確かにそこに存在する.

それが建築のはじまりであり

歴史のつづきである.

高知城

時間が出来たので高知城に立ち寄る

それは山に立つ“物見”である以前に

土佐という場所の記憶そのもののようである.

野面(のづら)積み

打込(うちこみ)接ぎが絡み合う石垣は

まるで生き物の背骨のように積まれている.

隙間のような余白のようなその積層は

明治の合理主義も戦後の機能主義も

未だ到達し得ぬ「構え」を体現している.

そして天守

四重六階の構造は

外観の抑制と内部空間の豊かさとの対比を孕んでいる.

ここには平地にそびえる西洋式の王宮的エゴイズムはなく

あるのは地を這いながらも天を仰ぐという日本建築の美学.

高知城は、破壊と再建を経てもなお

その「思想」を失っていない.

土佐藩主・山内一豊のために建てられたが

それは「殿様のための箱」ではなく

民の祈りと汗が蒸発して凝固した“場”である.

日光東照宮

 
日光東照宮の造営にかり集められた
職人集団の表現技術とエネルギーが、
唐様の建築を装飾として食い尽くし
同時に樹木、雲、そして花などの
アニミズムの精霊が
建築を情報のヴェールで
覆い尽くそうとしている。
 
贅を尽くしたこの建物は
「存在」を確かめ得るように、
これこそ純粋芸術としての建築と
空間表現に関する主張なのでしょう。
 
日光東照宮02
 
日光東照宮01

華厳の滝

 
ムスメの国体出場の応援のため
1週間ほど栃木に滞在。
 
せっかくなので空き時間に栃木県を堪能する。
 
たぶん建築設計を生業にしている人は
アートビオトープ那須に行くのだろうけど
悩んだ末、日光に行くことにした。
 
人工的につくられた不自然な自然を楽しむのもいいけど、
伝統的遺産である建築物や自然は長年の蓄積の結果、
内容と形とが一致し、
調和した美しさがきっとあるはずだと、
中禅寺湖・華厳の滝、
そして日光東照宮を目指す。
 
1012-華厳の滝01

COLOR

夢のあらかたはモノクロームの世界である。
 
でも時にカラーに見える時があって
ハッと目が覚める。
 
そこは多分現実にある色でなく
どこにもない微妙で
優しい色だったような気がする。
 
 
時に自然の色に
感動しなくなることがある。
 
こちらの感受性が
汚れてるせいなのかもしれないけど、
それだけではないと思う。
 
自然の方も疲れているからだ。
 
もう少し緑らしい緑を出してくれよ、
なんて排気ガスにあえいでいる樹木の肩を
たたいてやりたくなる。
 
川の色も
海の色も
空の色も
 
みんな事情を抱え込んでいるのだろう、、、
 
そのものらしい色に出会うために、
はたまた汚れた感受性を洗い流すかのように
沖縄へ向かった。
 
しかし、
沖縄の街の中の植樹たちも
排気ガスにあえいでいた。

徳之島計画地訪問記~その2


フェリーから徳之島を見る。
 
話には聞いていたけど
実際にこの地に降り立つと
思い描いていた世界とは
全く異なる場所であった。
 
考えようでは思い描いていた世界と
現実がほぼ同じということぐらい
つまらないことはない。
 
現実の島の前には、光の多様さ、
草木の色の鮮やかさ、
海の色の輝きも、
驚くほどの多彩さを作り出している。
 
底抜けの明るさを持つ島人の裏には
ミステリアスで寓話的な印象もあった。
 
文化、歴史は人間が作るのであって、
風景が作るわけではない。
 
しかし、自然との折り合いの中で、
人間の生活自体があることも
意識しなくてはならない。
 
 
ボクたちに許された時間は
決して長くなかったが、
ボクの記憶には
深い深い余韻を残すカタチとなった。
 
 
この島の風景を感じると、
いつのまにか両手にたくさんのモノを抱えて
歳をとってしまった自分に気付いて反省する。
 
明日でボクは42歳になる。
 
0820-徳之島敷地
↑計画地
 
0820-闘牛場
↑闘牛場。
「オーレ」とか「オーラ」とか言って
人と牛が闘うスペインの闘牛ではない。

徳之島計画地訪問記~その1


出航前、フェリーから桜島を眺める。
 
 
不眠不休の波は小さくなったけど、
鏡に映っている
疲れた自分の顔から逃げるしかない。
 
ずいぶんセコイ逃亡者ではあるが、、、
 
8月11日。
鹿児島から徳之島へ向かうフェリーの中。
 
 
計画地を訪ねるのは設計する者にとって、
依頼主に出会うのと同じくらい
何より大事なことである。
 
島の雰囲気はグーグルの地図で、
何となくは予測出来ている。
 
でもその場所の何か、
霊気のようなものは感じられない。
 
 
身体で感じる風の柔らかさ、
陽光の移ろい、
海の音、
潮の香り、
草木のざわめきも
もちろん聞こえてこない。
 
島を見てそこに立って
聞くであろう場所の言葉を得たならば
これまでなんとなく描いていた案は
壊してしまおう。
 
もっと何か凄いモノを
得られるかもしれないと、
心待ちにしているのである。
 
出来るかどうかわからないけど、
可能な限り
自分をカラにしておかなければならない。
 
 
今、東シナ海の上。
 
ムスメは初めての船泊。
興奮していたが
疲れて眠っている。
 
後12時間で徳之島に着く。
 
あまり余計なことは考えず、
眠るとしよう。