
「妹尾の家」
「東山崎の家」
ようやく足場が外れる。
空間の快適さの中で
光が占める役割の重要さというのは
相当なものではないかと思います。
それは照明器具の光ではなく
自然の光なのです。


高松市「東山崎の家」
建物の外観を決定する重要なものとして
屋根があります。
日本のように雨が多いところでは
軒の出の深い勾配屋根が理想的で、
屋根の形は日本建築の中で
美しいものの一つです。
古いものを大事にしつつ
新しい形で表現していけたらと思います。

四万十市 具同の家
建築の技術は
堅固で丈夫な骨組みを作ることだけど、
芸術面でいうと釣り合い
つまり出来上がる構造体の比例、
部屋の大きさ、
柱の太さ、
これらの作り出す空間の造形美によって
何かしら感じるきっかけを
つくることが出来るといいな。

岡山市 妹尾の家
シンプルな形の中に
今までの住宅の概念を
詰め込むのではなく
このスペースを
どう住みこなしていくかということ。
構造的にも殻はシンプルに
そして考えはフレキシブルに。

世界には異人とも呼ぶべき人が確かにいる。
この家のクライアントもその一人である。
この建築はその人物の異人ぶりをそのまま形にしたともいえる。
そのことは何回かに分けて書いていこうと思う。

高知市内で棟上。
プレカットでは出来ない
変形した建物は
手刻みで組んでいく。
コノ写真は
ベニヤに手書きで書かれた
大工の図面。
手作り、
職人の仕事、
総じてモノ作りは
今あまりにも情けない状態である。
小さな家だけど
コノ図面を見ると
考えさせられる。

上の家の方向性も定まり、
実施設計を整理していく。
生命維持体としての住宅という概念が生まれるのか?
マイノリティーの仕事の行き着くところは
コレかもしれない。
もうあんまり贅沢は言わないで、
対面している諸問題に対してゆくしかないだろうな、、、
対面している問題は
皆一級品だと考えてしまおう。
かくの如き、
有機的形態及びスケッチに向かっている現実に
ヒヤッとするが、
それらを把握出来るようになっている自分に、
少しホッとする。

松山の家
今書き続けているこの日記は
習慣化し馴染んでしまい
日常生活の連続である。
それがいつの頃からか
これは私の表現方法ではないかと気付き始める。
もちろん詩吟を吟じたり
書を書いたりするのも表現でもあるし、
家族が思いの丈をぶつけ合ったり、
他愛ない限りを尽くす生活が
人間の至上の表現ではないか。。。
今回の「松山の家」のプレゼンで、
表現方法の真理らしき入り口に
近づいたような気がした。

高知からの打合せの帰り、
ふと目が覚めたら
夕陽が逆光で僕を照らし、
シルエットだけとなった
瀬戸内海の島々が包み込んでくれる。
それらは今までの疲れを取ってくれると同時に
エネルギーがみなぎる予感がする。
明日、ある番組の説明に来られるけど、
やはり苦手である。
はやく黙して語らずに足る建築を創らねば、、、