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soil village ~4.ドジョウ~

畑であるこの土壌を

建築出来る場へ変換させていくことになるが、

この豊かな土壌を安易に造成し建築し

この場所のみで完結するのではなく、

ここで取れる作物や人々が循環してつながって

さらには広がっていかなくてはならない。

根っこ

木々はそれぞれの姿を

それぞれの法則に従ってあらわしているのに、

全体としての森や山林も

またひとつの性格をかたち作り統一されている。

木の葉や花も集団としても美しいが、

一本一本の独立した木も力強さを出現している。

独立した木の根っこのように鉄筋が群生し、

これらは浮遊する住居を支えてくれる。

葉っぱ

葉っぱは傘になり、

傘は屋根になり、

屋根は建築になる。

新たな空間はこんなふうにして出来る。

棟上げが終わり

誰が図面を書いたのかと

小言を言いながらも、

大工さんは粛々と垂木を架けていく。

完成間近

素材と光が重なり合う。

空間の中に形態、素材、スケールの多様性と

それらを結びつける秩序を用意した時、

きっと近い将来に

ウズウズと自慢の虫が

うずき始めるでしょう。

新年

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

年初から大きな災害が発生しました。

能登半島地震により被災された皆さま

ならびにそのご家族の皆さまに

謹んで心よりお見舞い申し上げます。

写真は、実家に帰省した際

広島県江田島での新規計画の敷地から見た写真です。

人がつくる世界には

人が集まることによって出来る

人と人との関係から生まれる世界。

ものをつくり表現を好む人がつくり出した

ものと人との関係から生じる世界。

人が作ってきたものが増え大きくなったため

人類がすっぽりその中に入れられてしまう人工的な世界。

色々な世界や風景があります。

下を向けば身の回りの埃

足元の雑草、地軸

上を向けば青い空や光る星

何億光年というわけのわからない寸法

朝昼夜

春夏秋冬

二度と同じことはない

今年も線を引き現場にも立つ。

誰が風景を変えているのか

風景が私を変えているのか、、

まぁとにかく今は素敵な風景に出会えるよう

線を引き続けるしかない。

1日も早い復興、

そして被災された皆さまの生活や町の風景が

平穏に復することをお祈り申し上げます。

雲海の見える場所で

改修工事のため和気町の辺縁の地に現調。

運が良ければ雲海も見ることが出来る場所。

運が悪ければ巨大なパネル群が突如として現れる。

未だ山林を切り崩し、

メガソーラーは肥大化し続けていく。

山や川、地球が破壊されていくこの姿が、

はたしてクリーンエネルギーなのだろうか…

コレらが機能しなくなった20年後を想像すると…

考えさせられる。

内と外の間で

扉の外の景色の微細な変化を

より際立つために、

内外の空間を噛み合わせ、

近景の奥行きを深める。

生活が環境の移ろいに敏感になり、

自然と意識は外へ向かう。

建築はそのための

静かな骨格であれば良い。

soil village ~3.まえがき~

風景はいつでも常にそこに存在する。

だから僕たちが風景に対しては

創造とか構築ではなくて、

「参加」や「変容」なんだろうと思っている。

建築はもちろん、政治や経済、

食や健康の問題も背景にある。

「基盤」「他者」「参加」

これらの言葉から連想されるように、

私たちにとっての風景は

まさにパブリック空間として存在し、

それらを互いに繋ぎつつ、

共通の土壌でもあるこの場所に

本当にふさわしい風景を

探すきっかけになればいい。

地鎮祭

徳島の街の中で

地鎮祭が執り行われた。

11月も終わりだと言うのに心地いい。

真昼の高い光が街の影を落とし、

街はまぶしいくらいに輝いて、

季節外れの心地良い風を感じる。

その風に背中を押されるようにして

新たな現場が始まっていく。

人工と自然

自然をいくら恐れても

恐れすぎることはない。

だけど壊したら

簡単には花は咲かない。

人の手が加えられていた土地に、

少しでも自然に戻せたらという思いで

石を積んでいく。