
↑ 米子の打合せの帰りの風景
久しぶりに美しい曇り空を見た。
建築ではなく、
しんとした大気を
まず先に感じてしまうような世界。
社会の煩雑さや目先の利害に惑わされず、
もっと遠くを見つめ
棲むものを静かに奮い立たせてくれる、
そんな場所が出来たらいいな。

↑ 米子の打合せの帰りの風景
久しぶりに美しい曇り空を見た。
建築ではなく、
しんとした大気を
まず先に感じてしまうような世界。
社会の煩雑さや目先の利害に惑わされず、
もっと遠くを見つめ
棲むものを静かに奮い立たせてくれる、
そんな場所が出来たらいいな。

ドタバタの連続も少し落ち着き、
中だるみした一瞬も、
福山の建築家の面々の論述に
尻を蹴とばされる思いがして、
気を引き締める。
微風だけど追い風を捉えているのを実感する。
この風で走りきるか、
まだ早いか、
福山の風がどう吹くか、、、
2013年10月22日(火)~27日(日)
ふくやま美術館にて
「福山ゆかりの現代建築家展」に出展させていただきます。

この連休は香川高松と岡山倉敷で地鎮祭でした。
日本の民家にはハレとケ、
言わば表裏の生活領域があって、
白黒の幕を張ることによって葬儀の場へ、
紅白の幕を張ることによって祝祭の場へと
変換する装置があります。
陽と陰、
生と死、
そしてパブリックとプライベート
といった表裏の概念を媒介するものが
「間」なのだと思います。
住居は近代建築の理念を教えるような
単なる部屋の集合ではないのではないか、
って思う瞬間です。

↑ 徳島の「眉山を望む家」
日本海から太平洋にかけての出張が続く中、
折れた歯もくっつき、
めくれ上がり腫れ上がった唇もひき、
やっと人前に出ても恥ずかしくない顔に戻りました。
歯をくっつけに行ったついでに
他の歯を見てもらうと、
「こりゃ大きいですな。穴があいてますよ。」
と、おどろかされる。
歯ぐらいどうなってもいいのであるとも思うけど、
歯一つで人生悲観的にもなってしまうから
やっぱり直そうとしばらく通院することになる。
長生きするのには大事らしい、、、

モダンリビング2013年7月号に
弊社が設計した
「多肥の家」が掲載されました。
自分がとても
「大したことができない、
普通にミーハーな人間なんだ。」
という自覚がうれしい。

徳島の愛読者T氏からの
指摘もあったので、
出来上がった自転車を
UPしておきます。
かなり無駄を削ぎ落としたものになりました。
設計とかデザインとかは
実に間接的な職業で、
実際に現場でモノに触れながら
作っているわけでありません。
いつも沢山の人の手で作られています。
何もかも自分の手でやってのけたいと
欲張りなわけでもないのですが、
少しだけ自分の手で組み立ててみました。
ブレーキも無駄だったので付けなかった、、、
わけではありません。

↑ 愛媛の打ち合わせの後に
寄り道した内子座
先週から愛媛の西予と大洲、
高知・四万十の敷地調査に始まり
土日は営業活動。
週明けは四万十市の庫裏建て替え計画に伴う
役所廻りと敷地の測量。

↑ 四万十川の沈下橋
地方で設計活動することについては、
次回発売されるモダンリビングで
窪田さんと対談させていただいてますが、
それについてはとりあえず据置いて、
今は轟音をたてて
一直線に突き進んでいる感じ。
どうやら私の器量には
戸惑わず乗り切ってゆく控えめな図太さと、
沈殿しているストレスを感じることのない
鈍感さを兼ね備えているみたい。

↑ 四万十川
でも何かしらの
センチメンタル・ジャーニーの旅を求め
少し遠回りしてみた。

80歳のおじいちゃんが作るフレームが
やっと出来た。
未完のままに終わるかと覚悟していたのだけど、
天は見捨てなかった。
人間の力をまずは信じよう。
買うこと作ることの意味を確かめるため、
自転車を組み立てる。
4月ももう終わるけど、
残りの春は快適な自転車通勤で楽しめそう。

↑
「ゑびすや」
内部が仕上がってきた。
村をおこしたり、
町を元気づかせるのに必要なのは、
道路や、観光施設や、
大規模なショッピングセンターを
つくったりすることじゃない。
本当はみんなの気持ちを
寄せ合うことなんじゃないか。
そして、みんなの気持ちの中に
街の姿を建てることなんじゃないかと、、、
ゑびすやの打ち合わせまでに時間があったので、
尾道のあるお店でチャイを飲み
見知らぬ人と話しながらそう思った。
自分ひとりの時間は砂をかむように、
退屈きわまりなく流れる。
砂をかむような現実
誰にも同じ現実を、
他人と、その町で、
少しズラしたスピードや、アングルから見るだけで、
ザラザラがウキウキになることだってある。
それは誰にでも出来ることだと思う。
だからおたがいそうしよう。

↑
尾道の町を歩いていると
映像作家の中島興氏に出会う。