テンキュウカズノリ設計室」タグアーカイブ

生命維持体

上の家の方向性も定まり、
実施設計を整理していく。
 
 
生命維持体としての住宅という概念が生まれるのか?
 
マイノリティーの仕事の行き着くところは
コレかもしれない。
 
もうあんまり贅沢は言わないで、
対面している諸問題に対してゆくしかないだろうな、、、
 
対面している問題は
皆一級品だと考えてしまおう。
 
 
かくの如き、
有機的形態及びスケッチに向かっている現実に
ヒヤッとするが、
それらを把握出来るようになっている自分に、
少しホッとする。

至上の表現

松山の家
 
 
今書き続けているこの日記は
習慣化し馴染んでしまい
日常生活の連続である。
 
それがいつの頃からか
これは私の表現方法ではないかと気付き始める。
 
もちろん詩吟を吟じたり
書を書いたりするのも表現でもあるし、
家族が思いの丈をぶつけ合ったり、
他愛ない限りを尽くす生活が
人間の至上の表現ではないか。。。
 
今回の「松山の家」のプレゼンで、
表現方法の真理らしき入り口に
近づいたような気がした。

漲るエネルギー

高知からの打合せの帰り、
ふと目が覚めたら
夕陽が逆光で僕を照らし、
シルエットだけとなった
瀬戸内海の島々が包み込んでくれる。
 
それらは今までの疲れを取ってくれると同時に
エネルギーがみなぎる予感がする。
 
 
明日、ある番組の説明に来られるけど、
やはり苦手である。
 
はやく黙して語らずに足る建築を創らねば、、、

運動会

娘の運動会。
 
 
子供たち一人一人の個性が表現され、
総合的芸術かのように
僕たちの様々な気持ちを動かしてくれ、
演者と観客が
陶酔の共有体験を行う空間となった。
 
暑い中よく頑張りました。

生活の背景

クライアントが集まってのバーベキュー。
 
 
家人の想像していたものから始まり
たくさんの人の手や知恵や技術で出来たこの場所で
人が集まりコミュニティーが拡がりながら
そこが生活の背景にもなる。
 
家づくり、場所づくりのお手伝いが出来て
良かったなぁって思う瞬間です。

箱?階段


岡山「福田の家」
 
 
 
階段下を最大限に利用する箱階段が
いつごろから使われたかは
明らかではない。
 
しかし現代住宅では
戸棚や引き出しが組み込まれた
かつては民家に
普通に見られていたあの箱階段は
遠い存在になりつつある。
 
そこで、今回机と椅子を階段下に組み込んだ
あらたな「箱?階段」を作ってみた。

制御する方法

国道沿いに建つ未来の農家住宅。
 
 
技術の進歩に伴い
制御の方法も変わる。
 
しかし忘れてはならないことが一つある。
 
科学がいかに進み、
技術がどう変わろうと、
われわれはやはり自然と共存して生きている。
 
われわれの先輩たちは
自然と「やさしく」接し「仲良く」してきた。
 
そういう制御もあったのだということを
忘れないようにしたい。

記憶の断片

四万十市に建つ、菩提寺庫裏。
 
増築を重ねてきた悠久の時の間に、
蓄積された記憶の断片は
いつしかつなぎあわされて、
再び世界が構築されていく。

龍河洞

 
打合せまで時間をもてあましたので
香南市にある龍河洞に行ってみた。
 
総延長4km、
通常ルートは1km程で
歩いて2,30分。
 
決して広くない。
中腰になりながら体をひねらせて
やっと通れるような場所があちらこちら。
 
うす暗闇やその奥の明るい場所が
のべつ幕なく続き、
迷宮を迷いめぐるようでわくわくする。
 
 
わずかな時間だけど
時の流れから
甘くタイムスリップすることが出来た。
 
コントロール不能となったこの世の中に対して
抗おうとする強い意志を持った石灰の塊。
 
永遠に作り続けられていく
手つかずののままの建築的自然界。
 
0907-龍河洞02

無意識的情景

 
四万十の家の最終打合せ。
 
一見複雑に見える構造だけど
迷ったときに必ず立ち戻る
根源的イメージであることを考えると
大空に向けて立ち現れる無意識的情景が
描けたんじゃないかと思う。
 
0907-四万十03