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正方形の空間を少しずつ角度を変えて重ねてゆく.
ずれは奥行きとなり、隙間はひらきとなる.
それは構成ではなく掘り進める行為に近い.
まるで地層を削るように空間が奥へと続いてゆく.
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正方形という静かなかたちは
角度を持つことで動き出す.
内へさらに内へ.
やがて光は断片となって届き
音は壁に反響しながら沈黙と対話する.
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建築はただの器ではない.
そこは時と身体が沈み込む現代の洞穴である.
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棟上げの合間に白壁の町並みを歩く.
柳井の古市・金屋地区は
白壁と格子戸が連なる静かな時間の器である.
江戸末期から明治の町家が約200メートル
道に沿って呼吸をしている.
瀬戸内の光と影が軒先を撫で
商いの声なき余韻が今も残る.
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夏には「金魚ちょうちん」が赤く町を染め
空気に浮かぶ記憶のように揺れる.
これは祭りではなく
暮らしが風物に昇華した結果なのだろう.
:
戦火を免れたこの町は
長州の片隅で静かに維新を支えた.
商人たちは変わる時代を見据えつつ
変わらぬ風土に根を張った.
壁の白さはそんな覚悟の名残かもしれない.
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そして今回の計画地である山際の新庄では
時間が層を成し風土が沈黙を紡ぐ.
そこに刻まれた「新庄の長溝」は
岩政次郎右衛門が未来に向けて掘った祈りの溝だ.
7キロの水の道はただの用水ではない.
土地を潤し人の営みによりそう
静かな意志の構造体だ.
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文化は建てられるものではなく積もるもの.
柳井の白壁も新庄の水路もその証である.
:
今回の計画地の新庄地区は
時間と風土が織りなす繊細な織物のように
歴史と自然が静かに重なり合う場所である.
ここでは人々の営みが、
季節の移ろいとともにかたちを変え
古きものと共に息づいている.
文化とは単なる記憶ではない.
生きられる風景であり
語られる空気である.
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この地を象徴する「新庄の長溝」は
構築というより
“耳を澄ますこと”から始まった風景である.
庄屋・岩政次郎右衛門は
干ばつに喘ぐ村の沈黙に応え
地形に沿って水の道を刻んだ.
水は流れるだけでなく
祈りであり構造であり村の心を内側から潤した.
今もなおその用水は
風景に沈殿する時間のように静かに脈打っている.
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その水音の中
梅雨明けの空の下で家が建ちはじめる.
棟が上がるとは
地と天を貫く意志が立ち上がること.
柱は天を支えるのではなく
空を受け取る準備をしているようだ.
土地のわずかな癖が
垂直や水平に揺らぎを与え
光と風の通り道をかたちづくる.
直線は緩み、折れ
視線はゆっくりと遠くへと抜けていく.
中庭には空が降り
光や雨、影が季節とともに満ち引きする.
家は内と外を区切らず
にじませ融かし編み直す.
:
家族という存在もまたその揺らぎの中にある.
構造のようでいて流動的.
空間とともにほどけ、結ばれ
季節のように変化していく.
建築とは風土に耳を澄ませ
時間に応答しながら
生きる場を紡ぐことなのだろう.
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今年は乙巳
干支のめぐり六十年に一度だそうだ.
知らなかった.
知らなくても足は動いた.
:
その重みを知らぬまま
撮影の帰途ふと足をとめた.
寄り道だ.
寄り道はたいてい正しい.
:
陽は高く
だが木々の間をすり抜ける影が
まるで水のようにやわらかく
体を包んだ.
:
ふと立ち寄ったのは
丘の上にひっそりと息づく
森に抱かれた神の座.
そこに神社がある.
:
名前は聞いたことはなかった.
地図にもたぶん小さくしか載っていない.
だがそこに存在する.
空間が結界をつくっている.
鳥居も石段も自然も
ひとつのからだのように繋がっていた.
:
祭神は白龍大神.
白蛇を従える.
いや白蛇こそ神の貌(かお)か.
蛇とはなにか.
地を這い姿を変え
脱皮し再生するもの.
それは大地の記憶であり
人の恐れであり
希望の形代でもある.
:
神社とは建築か?
いやそうではない.
人間が自然に向けて開けた小さな穴
その穴のなかから、
なにかがこちらを覗いている気配さえ感じる
:
ただの寄り道が記憶の地層に爪を立てた.
そういう日もある.
そういう年だったのかもしれない.
:
日差しが静かに街を包み込むなか
琴平新町の鳥居のそばで
一本の柱がそっと立ち上がった.
:
やがて梁がかけられ
空と地面のあいだにひとつの秩序が生まれる.
それは何かを主張するのではなく
ただ静かにそこにあるということの
意味を問いかけてくる.
:
木は木として
職人は職人として
過不足なく役割を果たし
建築という形をそっと支えていく.
:
この場所に必要とされたものは単なる機能ではない.
時間に耐え、時に寄り添い
やがて風景と呼ばれるものと
やわらかく結びついていく存在.
人々がそこに身を置き
心を澄ますための場.
:
棟が上がるということは
建築がようやくひとつの呼吸を
始めるということかもしれない.
その息づかいを
人々は言葉にせずとも感じている.
:
鳥居をくぐるたびに
ふと視線がその方へ向かう.
それは建築が町の時間の一部となる瞬間だった.
:
空間とは意志か偶然か.
そんなことを考えていたら
気づけば荷物を詰めていた.
:
現実逃避か?
これは構造の再検討であると
自分に言い聞かせながら…
:
長崎は地形と歴史と建築が交錯する都市だ.
坂を上がったり下りたりするうちに
時間の層が足元に積もっていく.
:
坂本龍馬が歩いた道
彼は刀を置いて船を選んだ.
グラバー邸に出入りしながら
開国という夢を構築していた.
:
そのグラバーは異国の商人だが
彼の邸宅は和洋折衷、
風土と技術の交雑そのものだった.
建築が外交だった時代がそこにあった.
:
キリシタンはこの街で迫害され
やがて受け入れられた.
大浦天主堂の尖塔が語るのは信仰と耐震の妥協.
西洋建築はこの地で風土に従い変形した.
純粋ではないからこそ強い.
:
岩崎弥太郎は別の方法で都市を作った.
高島や端島に労働と機能だけを集約し
空間を「経済」で構築した男.
彼にとって建築は資本の器だった.
:
それらは別々の思惑で動いていたが
交差点は長崎だった.
文化、宗教、産業が重なり
建築がその証人となった.
:
長崎の建築には純粋さも均質さもない.
揺らぎ混沌とした地形と文化の上に
建築はあえて立つ.
形をとどめずしかし確かにそこに存在する.
それが建築のはじまりであり
歴史のつづきである.
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瀬戸内に浮かぶ島の光はやわらかく
それでいてどこか鋭い.
その光の中にちいさな集落が息づいている.
:
三方を細い道に囲まれた土地に
これから一つの家を建てる.
家といっても、単なる住まいではない.
日本酒をふるまい
器を売り
人の行き交う場所だ.
豪奢なものではなく瀬戸内の海風に吹かれながら
島の土と話し合うような
そんな家だ.
:
玄関はひとつの物語になるだろう.
ただの出入り口ではない.
奥へ奥へと、心を運ぶ通り道.
道に開き
島に開き
人に開く
奥行きのある場所.
:
外から中へ、中から奥へ.
玄関はそんなふうに
あいまいにふくらんでいく.
:
道に面して開かれた軒下空間.
そこにはきっと島の人や
この島に訪れた人たちが腰掛けるだろう.
酒を傾け、器を手に取り、語らうだろう.
:
海から渡る風と、島にしみこんだ記憶と.
すべてがこの場所に、少しずつ滲み出していく.
:
時間が出来たので高知城に立ち寄る
:
それは山に立つ“物見”である以前に
土佐という場所の記憶そのもののようである.
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野面(のづら)積み
打込(うちこみ)接ぎが絡み合う石垣は
まるで生き物の背骨のように積まれている.
隙間のような余白のようなその積層は
明治の合理主義も戦後の機能主義も
未だ到達し得ぬ「構え」を体現している.
:
そして天守
四重六階の構造は
外観の抑制と内部空間の豊かさとの対比を孕んでいる.
ここには平地にそびえる西洋式の王宮的エゴイズムはなく
あるのは地を這いながらも天を仰ぐという日本建築の美学.
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高知城は、破壊と再建を経てもなお
その「思想」を失っていない.
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土佐藩主・山内一豊のために建てられたが
それは「殿様のための箱」ではなく
民の祈りと汗が蒸発して凝固した“場”である.
:
:
小高い丘の上にぽつんと姿を現した校舎は
どこか遠い記憶を呼び覚ます.
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赤茶色の屋根は夕陽を吸い込みながら
なおも土の匂いを纏っている.
それは新しいのに
なぜか昔からそこにあったような佇まいで
風の通り道をよく知っている.
:
深く張り出した軒は雨をしのぐばかりではない.
ひとつの時間を抱える場所として
子どもたちの声や沈黙をそっと包みこむ.
小さな空間が大きく息づいているのは
そこに「余白」があるからだ.
:
建築が人の営みを待っている.
そんな気配がもう漂っている.
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十五坪の宿の長屋計画
小さな、実に小さな空間である
:
だけど人は狭さを憂うばかりではなく
その狭さにこそ心の自由を見出すこともある
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ここは生口島の島の中腹
瀬戸内の静けさに包まれ
時に忘れられたかのようなところである
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この地はかつて海の道を見張る者たちの拠点だった
村上水軍、ただの海賊ではない
秩序と混沌のあいだで海の暮らしを守り続けた者たち
その眼差しが注がれた瀬戸内の島々が今静かに佇んでいる
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多島美とはよく言ったものだ
島と島とが折り重なり海と空の境界がほどけていく
その風景にかつての文人も旅人も
そして今を生きる我々もまた
心を奪われずにはいられない
:
蕪村も子規も詠んだこの海
「海と空 わけても青し 瀬戸の春」
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言葉は時を越え
風景と交差し
この宿の窓辺にも静かに降りてくる
:
十五坪の暮らしは喧騒を離れた贅沢であり
風と光の遊び場である
瀬戸の島影とともに暮らす
そんな時間がここには確かに息づいている
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