ケンチクノコト」カテゴリーアーカイブ

住まいを探す

↑ 福山ゆかりの現代建築家展
 10月22日(火)~27日(日)
 ふくやま美術館ギャラリーにて
 出展します。
 
 
つくることとつくらないこと。
 
残るものと消えるもの。
 
必要なものと売れるもの。
 
今まで沢山の矛盾を抱えていたような気がするけど、
来るはずの明るい未来の気配さえ感じた
岡山・高知での二週続けての営業活動だった。
 
 
 
もろもろの望みを多くの人たちは
それぞれの事情に照らし合わせながら
少しでも叶えたいと思いながら
住まいを探し求め続ける。
 
 
普通に生きていく人たちが、
 
普通に住まいを手に入れて、
 
普通の豊かさを享受でき、
 
その先で出来ることなら
住まいを求めて苦しんでいる人たちにも
うまく行き届くような知恵。
 
そうしたものを、
少しでも掘り出すキッカケであってほしい。
 
初めて会場に来られた方や、
ワタクシの不定期な日記を読んでくださっている
忍耐強いお客さんと話しながら思った。

宇宙船

月世界からの迷い子、
 
かぐや姫は
 
言い寄る色好みの貴公子たちそれぞれに
 
いけずな無理難題を振り当てて
 
出来ないと見るや
 
宇宙船に乗って
 
そそくさと帰還してゆく。
 
 
 
 
実はこの建築の世界でもごく稀にある話。
 
22坪の変形地に15坪の狭小住宅。
予算は・・・で。
 
この小さな宇宙船は帰還することなく
無理難題をカタチにすることが出来ました。
 
 
 
クライアントのご厚意により、予約制ではありますが、
オープンハウスをさせていただく運びとなりました。
 
ご興味のある方はメールにてご連絡ください。
 
 
 
 
場所:高知市内 
日時:8/24(土)、25(日)
連絡先:info@k-tenk.com

スーパーインポーズ

↑ 新たな計画地
 
 
風景の話といえば
いつのころからか、
寝入りばなに
度々現れる形象がある。
 
夢のようにあやふやではなく、
さりとて現実のように定かでもない
半覚半醒の中にある。
 
 
愛媛で計画している
住宅を始めとする
いくつかの計画が
そんな中を浮遊しながら
動いているが、
 
とある計画地は
自然と人工の構図を、
スーパーインポーズさせ、
 
さながら神話的風景を
生み出したようだった。
 
 
0710-大洲の家模型
↑ 「大洲の家」

↑ 22坪の変形地に建つ
 「15坪の家」の
 地鎮祭でした。
 
 
小さな空間を考えるとき
「奥」と言うことが頭に浮ぶ。
 
特に日本人は常に「奥」を想定し、
「奥」という概念を設置することによって、
比較的狭小の空間をも深化させることを
可能にしてきた。
 
 
 
「奥行」なる概念は、
与えられた空間の中での
相対的距離であり
距離感である。
 
濃密な空間体系は規模ではなく、
むしろ「奥行」のような空間構造の
軸の多さによって規定される。
 
「奥行」を考えることでの小さな空間も
豊かな空間になるのではないだろうか、、、

対談

先日、とある雑誌で連載されている
対談の取材があり、
私なりに充実した一日であった。
 
この対談は今後作っていく建築に
変化をもたらすかもしれない。
 
 
まぁしかし肉声で対面して話し合うのが
一番ハードである。
 
声の質量、
眼の光、
身振りなどが総合したコミュニケーションは
快楽であり、
戦いである。
 
コテンパンだったけど、
忌憚なき意見を聞くことが出来て
少しづつ確信は芽生えてきた
か?
 
人は生きていく過程で、
いろいろなことに左右され、
出鼻をくじかれ、
変わることを強いられる。
 
でもどこかで変わらないことの安心も望んでいる。
 
しかし人も、人を取り巻く環境も、
諸行無常、全く変わらないものはない。
 
気持ちの命じるままに動こう。
 
 
「多肥の家」のHさん、
関係者の方々、
そして窪田さん、
 
貴重な時間、ありがとうございました。

工業都市


今日は山口出張。
この写真は新幹線こだまの車窓から。
 
 
徳山のこの風景を見ると、
トニー・ガルニエを思い浮かべる。
 
それは、もはや瓶と蓋みたいに
彼と一体になっている代表作
「工業都市」である。
 
数多の夢想家たちの思わせぶりな妄想と違って、
「工業都市」は肉厚なガイドブックだった。
 
そのガルニエが描いた街は、
工業群を取り巻くように、
豊かな自然に優しく見守られているように
配置されている。
 
1221-トニーガルニエ

トニー・ガルニエの工業都市

建築って何ですか?


後輩が寝ずに?手伝ってくれた、
高知・幸町の家の
ダンボールで作ったスタディ模型。
 
 
先週の木曜日から月曜日にかけ、
高知・香川・徳島で行ったり来たりの打ち合わせ。
 
体力は底を打っていたが、
どうやらクライアントのマッサージで
明らかに上向いている。
 
調子に乗らずにグデグデと復調したい。
 
 
慣れない街を一人で歩いていると、
ポツンと一人取り残されたようで
よりどころがなく、
居心地が悪く感じることがある。
 
こういう仕事に就きその経験を思い起こすと、
建築をつくるというのは
場所をつくるということではないかと思う。
 
よりどころのない環境に、
頼りになる境界をつくり、
溜まり落ち着ける場所をつくること。
 
それが建築をつくる原始的な意味なのだろう、、、
 
たとえば誰もいない砂浜で、
ビーチパラソルを立てる。
 
たった1本の柱とわずかな日影が出来るだけで
人はそこを自分の居場所と認識し、
そして自然に人が集まる。
 
「建築空間のはじまり」ともいえる、
そんな原初的な心地よさがある場所を
つくっていきたいです。
 
「テンキュウさんがつくっている建築って何ですか?」
の問いに対し、
馬路村のリップクリームで
長々と滑らかに真面目に答えることが
出来たんじゃないかと思いますが、、、
 
どうですか?
 
 
ケンちゃん?
 
1105-リップクリーム

クライアントにいただいた
馬路村のリップクリーム。
これでボクのクチビルは潤い
滑らかになるでしょう。
だからといって
口で仕事が増えることはないでしょうけど、、、

二人三脚


店舗のエントランス
 
 
このところ慌しく、
ほとんど足が地に着かない感があった。
 
「10月はたそがれの国」という
短編小説があるように
10月はメランコリーな幻想ばかりを
生み出しやすい季節の代表である。
 
用心しなくては。
 
 
 
週末は本当に良い休息であった。
 
天の配慮だろう。
 
休みをとらせていただいたという事は
まだまだやることがあるぞ
という事かもしれない。
 
仕事が休息であるようなことが
理想なのだろう、、、
 
ということでこの休みは
「幸町の家」のプランを考える。
 
 
二人三脚のように進めてきて、
無事お引渡し出来た店舗。
 
二人三脚のもう一人のコノ人物は
俗世間でいうところの
優秀な要領の良い人間ではなく、
ゆっくりと耐えて、
あきらめない人間である。
 
是非またご一緒したい。
 
お疲れ様でした。

会食


「望海ヶ丘の家」
 
 
この連休は「望海ヶ丘の家」のオープンハウスと、
「南国の家」の地鎮祭。
 
キリスト教式で行われ、
地の霊を鎮めるという考え方ではなさそうなので、
起工式という。
 
前日には両クライアントと会食。
 
品の良いお店で
落ち着いた大人の会食だった、
はず。
 
クライアントから
「カラオケに行きましょう!」と。
 
そんなに好きでないカラオケだけど、
栗焼酎「ダバダ火振り」のせいで
猫なで声ですばやく対応してしまう。
 
曇り空の高知も、
こうなればすっかりパラダイス。
 
案の定次の日の起工式での賛美歌を、
ガラガラ声で歌っていたのは
言うまでもない。
 
ヤレヤレ。

まだ見ぬ国


エステの現場。
 
クライアントに難聴気味のボクの耳に
オイルを流し込まれる。
 
効果があれば、
言うことを聞かないムスメの耳にも
流し込んでやるか。
 
 
 
愚痴ったり、
悲観してばかりいたり、
しらけていたり、
手をこまねいて机上の空論を
コネくり回してばかりは沢山だ。
 
フィクションはノンフィクションに
超えられるのが現実だけれど、
全力を尽くして
その環境をくぐり抜けていけば、
きっとまだ見ぬ国への道を見つけることが
出来るのではないだろうか。
 
と、前回のブログを反省し、
そのまだ見ぬ国「黄金宮殿」へ
初めて足を踏み入れた。
 
KARANのオーナーとスタッフと、
焼き肉で打ち上げ。
 
マッコリがボクをまだ見ぬ夢へと誘い、
オーナーはお店のソファーでよく見る朝を
気持ち悪く迎える。
 
こんな日もあっていい。
 
こんなことをしながら
スタッフには竹のごとくしなって
平気で復元するような資質を育ててほしい。
 
そして、今のハードスケジュールを
突破してくれと思うばかりである。
 
楽しみなさい、設計を、
と、そのことに尽きる。
 
1006-城南町03

マッコリを染み込ませたまま
徳島「城南町の家」配筋検査
 
1006-塚ノ原03

「塚ノ原の家」
この窓の向こうは、
まだ見ぬ国があるやもしれぬ、、、