
人間が生み出した今日の文明のあらゆる問題は、
何れにしても自然を改造しているところにある。
人間にとって有利なように切り替えている。
それはどうしても不自然ということを伴っている。
しかし自然は大変に寛容だから
少しくらいの不自然はゆるしてくれるだろうと、
スタッフと事務所の植物たちの居場所を変えててみた。
人間のエゴかもしれないけど、、、

人間が生み出した今日の文明のあらゆる問題は、
何れにしても自然を改造しているところにある。
人間にとって有利なように切り替えている。
それはどうしても不自然ということを伴っている。
しかし自然は大変に寛容だから
少しくらいの不自然はゆるしてくれるだろうと、
スタッフと事務所の植物たちの居場所を変えててみた。
人間のエゴかもしれないけど、、、

「味野の家」引渡し
認められるかどうかはともかく
なぜ僕がこの場所で
建築の仕事をしているかといえば
まずこの仕事が好きだから、
つくることが好きだから、
という理由に勝るものはないと思っています。
行動を支えるものは評価されるためではなく、
好奇心だと思います。
「これからここで生活するのを想像するだけでワクワクします。」
味野の家のクライアントの言葉はシンプルで
想像や好奇心から行動へ移すことが
大事であることを再確認出来た言葉で、
それが建築の役割でもあるのだと思いました。
自分の携わるものに生命力を持って取り組み、
結果的に良いものが出来れば
あとは、お天道さまと米のメシはついて回るでしょう。

「岩盤が眠り、くの字に折れ曲がるスキップフロアの家」棟上げ

工場で仮組された骨格が
現場で再度組まれていく。
棟上げが終わるころは
折れ曲がった先から夕陽が差し込む。

「4台分のガレージがある家」棟上げ
丸太梁に包まれ、
想像以上に大きい骨格。

壁と窓は人間関係の物質化に他ならない。
その関係の矛盾する要求を解決するために何かを施す。
これがうまく解決された時、
それを美しいと呼ぶのだろう。
太陽がよく当たるところと、
日陰が欲しいところとの関係にも
あてはまるだろう。
必ずしも壁や窓でなくても
庇があるとかないとかでもそうである。
生活とは矛盾の克服だと思う。
その場所が暖かくあってほしいと願い、
また涼しくなってくれと、矛盾した要求を出し
それを一つの装置でまかなおうというのが
建築の課題といえる。
その一方で何か一つの答えを出そうとするから
いつも具合が悪くなるので、
変身の術を心得ることが出来れば、
もっと解きほぐす仕事が出来るのだろうけどね、、、


卒業式を迎えた子供たちを見ていると
小さい頃を思い出す。
赤ん坊の時なんか
「あ~」
って言うだけで大体通じていた。
そのうちだんだん知恵が発達すると
口先だけで言うようになる。
大人になれば口先だけで話す。
腹ごとではうまくいかない。
その時何が通じるかというと、
物体は通じる。
造形は通じる。
次の日、
どうしても行きたい場所に
行くことにする。
それを教えてくれることを
願いながら。

今年ももう3月が終わろうとしている。
凍りついたブログは春寒の緩みで次第に解け始め、
ムスメの小学校卒業とともに
新たな気持ちでスタートする。
キレギレの時間と
バラバラな空間に
ドタバタな毎日。
小さいまとまりをつくりながら、
大きいネットワークをつくっていく。
これらをつなぐものが出来ないと、
本来の意味で一人一人の人生の時間を
大切にするようなものに
なっていかないような気がします。
バラバラな空間と
切りとられた時間の組み合わせの中で
生きているような世界から、
自分自身を大切にしていき
そして誰もがそれが出来るような体制に
していかないといけないなぁ
と、ドタバタな毎日の中で思いました。