月別アーカイブ: 2026年1月

方形の洞へ ~植栽工事

 

植栽工事が進んでいる.

それは飾るための作業ではなく

建築が日常へとほどけていくための大切な時間だ.

 

建物と植栽は

どちらかが主役になる必要はない.

前に出る日もあれば

静かに背景に退く日もある.

その揺らぎが

この場所に無理のない居心地をつくっている.

 

葉の動きにふと目が留まり

光の変化に一日の流れを知る.

ここでは季節が語りかけ

天候がそっと生活に混ざり込む.

 

建築は強く主張しない.

ただ外と内

人と自然のあいだに

穏やかな距離を用意している.

その距離があるからこそ

人は安心して身を置ける.

 

「関係としての建築」は

「日常に馴染む風景」として

この方形の洞の中で静かに息づいている.

 

特別なことは起こらない.

けれど何気ない時間が少しだけ豊かになる.

その積み重ねがこの場所を家にしていく.

 

方形の洞は完成を急がない.

植栽が育ち人の暮らしが重なり

ようやく建築は

風景の一部になっていく.

錦帯橋

 

柳井の現場の途中、錦帯橋に寄る.

 

錦帯橋は五つの橋が連なる.

ただ連なっているのではない.

中央の三連は迫持式と呼ばれる木のアーチ.

両端の二連は静かに反りをもつ桁橋だ.

 

この五連という構成は

世界的に見てもきわめて希である.

だがその希少性は奇抜さから生まれたものではなく

「流されない橋をつくりたい」

ただその切実な願いが

形となった結果である.

 

急流に抗うのではなく受け流す.

力を一箇所に集めず分け合う.

木を組み、重ね、押し合いながら

アーチは自ら立ち上がる.

そこには理屈よりも先に

身体で覚えた構造の知恵がある.

 

錦帯橋は技術の記念碑のように見られがちだけど

自然と向き合い続けた時間の集積であり

人の手が風景に学び続けた痕跡そのものだ.

 

現代においてもこの架橋技術は高く評価されている.

それは古いからではなく

いまなお合理的で

しなやかで

美しいからである.

 

地鎮祭

 

2021年に構想が芽生えたこの家は

四年の時間を経てようやく地鎮祭を迎えた.

やっと始まるというよりも

ここから静かに続いていくという感覚に近い.

 

この四年間のあいだにいくつかの家を引き渡してきた.

そのたびに変わらず足を運んでくれた.

他に心を奪われることなく

距離を保ちながら

しかし確かにこちらを見続けてくれていた.

その姿勢だけで建築に向けられた思い

人とのつながり

何とかしてこの場所に応えたいという気持ちが

少しずつ輪郭を持ちはじめる.

 

高知県須崎市東部に位置する吾井郷(あいのごう).

かつて荘園「津野庄」の中心として栄えたこの地は、

新荘川がつくり出した平野と

穏やかな気候に支えられた土地である.

農の営みが今も生活のすぐそばにあり

時間の流れがどこか緩やかだ.

 

清流・新荘川の気配は

この敷地にも静かに届いている.

カワウソが最後に確認された川として知られるその風景は

派手さはないが確かな生命の厚みを感じさせる.

ここでは建築もまた声高に主張する必要はないのだと思う.

 

この家が目指すのは

風景に溶け込むことでも

風景に逆らうことでもない.

 

日々の暮らしが自然に積み重なり

その結果として建築がそこに「在る」こと.

時間とともに馴染み

いつの間にか生活の背景となり

ふとした瞬間にその良さに気づく

そんな居場所でありたい.

 

四年分の想いと

この土地が持つ記憶.

それらが少しずつ重なり合い

これから形になっていく.

吾井郷の風と水のそばで

静かな建築が

またひとつ始まろうとしている.

待つこととしての建築

静かな正月の朝.

まだ人の少ない街を歩きながら

岡山城の脇を通りました

あらためて見るととても静かで

どこか人を急かさない佇まいをしています.

岡山城はよく見ると

きれいな正五角形ではなく

わずかに歪んだ「不等辺五角形」の平面をしています.

完全なかたちではないこと.

けれどその不均衡が土地に合わせ

時代を受け止め

長い時間を生き延びてきた

証のようにも感じられました.

建築という仕事は「つくる」こと以上に

「待つ」ことなのかもしれない.

そんなことを城の石垣を眺めながら思いました.

光が入るのを待ち

風が抜けるのを待ち

人がその場所に

自分の時間を重ねていくのを待つ.

建築は完成した瞬間よりも

その後に始まる時間の方がずっと長い.

だからこそ時間と共に育つ余白を

あらかじめそっと残しておくことが

大切なのだと思います.

昨年も多くのご縁の中で

土地に立ち

建物に触れ

住まい手の

まだ言葉にならない想いと

向き合う時間をいただきました.

心より感謝申し上げます.

整いすぎないこと.

少しの不完全さを許すこと.

使い込まれ

手が触れ

時間が染み込んで

はじめて立ち上がる美しさがあること.

不等辺五角形の岡山城のように

その場所に合わせ

人に合わせ

時間に委ねながら

静かに在り続ける建築を.

これからも建築を「完成品」とは考えず

人と時間に開かれた未完の器として

一つひとつの仕事に丁寧に向き合っていきます.

本年もどうぞよろしくお願いいたします.