カテゴリー別アーカイブ: 家づくり

洞窟の記憶

0909-撮影

人は広大な草原や、
渺渺たる大海原の真ん中に出ると、
底なしの不安に襲われる。
 
このような不安を
解消してくれる存在は何なのか?
 
 
それが洞窟に他ならない。
 
ほの暗い林床のように暖かく、
また樹上にいるような安心感を得られる。
 
草屋根の家には
洞窟や山容の記憶の源がある。
 
浴室のドームを見上げると、
それはネアンデルタール人が見上げた
洞窟の天井だったにちがいない。
 
 
年内には「草屋根の家」が
HPで紹介出来るやもしれぬ。

時間と場所

0604-島01

 
打合せのため再び島へ渡る。
 
ここへ来ると時間を忘れさせてくれる。
 
その場所からなのか、
そこに住む人からなのか、
それともある時代から屋根裏に隠されていた
身を守るための刀のせいなのか、、、
 
 
ある土地で住んで積み上げてきた知恵。
 
そこに示されている成果物は、
厳しい状況の中での祖先の苦労の報酬でもある。
 
注ぎ込まれた生命がひしひしと訴えてくる。
 
世代を超えようとした文化がそこにあり、
それは単なる情報でもなく知識だけではない。
 
 
その場所には人生の詩や歌が託されていて、
そこに住む家族の想像力や時代を洞察した叡智など、
そこに住む人たちがもがきながら掴もうとする表現などが
渾然一体となっている。
 
 
僕たちがどんな場所であれ、
自信を持って住んでいる人たちのところを訪れるとき、
どんなに素朴であっても、
守るべき場所の持ついとなみの持続と想像力から
深い感動を受ける。
 
ここではそれが豊かに存在する。
 
0604-島02

お天道さまと、、、

0428-omt引渡し01

「味野の家」引渡し
 
認められるかどうかはともかく
なぜ僕がこの場所で
建築の仕事をしているかといえば
まずこの仕事が好きだから、
つくることが好きだから、
という理由に勝るものはないと思っています。
 
 
行動を支えるものは評価されるためではなく、
好奇心だと思います。
 
「これからここで生活するのを想像するだけでワクワクします。」
 
味野の家のクライアントの言葉はシンプルで
想像や好奇心から行動へ移すことが
大事であることを再確認出来た言葉で、
それが建築の役割でもあるのだと思いました。
 
 
自分の携わるものに生命力を持って取り組み、
結果的に良いものが出来れば
あとは、お天道さまと米のメシはついて回るでしょう。

変身の術

0423-isb棟上げ01

「岩盤が眠り、くの字に折れ曲がるスキップフロアの家」棟上げ
 
0423-isb棟上げ02
工場で仮組された骨格が
現場で再度組まれていく。
棟上げが終わるころは
折れ曲がった先から夕陽が差し込む。
 
 
0425-tj棟上げ01
「4台分のガレージがある家」棟上げ
丸太梁に包まれ、
想像以上に大きい骨格。
0425-tj棟上げ03
 
 
 
 
壁と窓は人間関係の物質化に他ならない。
 
その関係の矛盾する要求を解決するために何かを施す。
これがうまく解決された時、
それを美しいと呼ぶのだろう。
 
太陽がよく当たるところと、
日陰が欲しいところとの関係にも
あてはまるだろう。
 
必ずしも壁や窓でなくても
庇があるとかないとかでもそうである。
 
生活とは矛盾の克服だと思う。
 
その場所が暖かくあってほしいと願い、
また涼しくなってくれと、矛盾した要求を出し
それを一つの装置でまかなおうというのが
建築の課題といえる。
 
その一方で何か一つの答えを出そうとするから
いつも具合が悪くなるので、
変身の術を心得ることが出来れば、
もっと解きほぐす仕事が出来るのだろうけどね、、、
 
0426-sw01

天に続く螺旋階段

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ここに踏み板が付いたら
天に近づくことが出来る。
 
遠い地平線の彼方まで
働く人々の生活を一望に眺め、
みんなが本当に楽しい生活を
営めるようにするには
どうしたらいいかと
考えさせられるやもしれぬ。
 
 
「茶屋町の家」完成に近づく

「総社の家」現場

0611-総社の家

 
デザインの始まりには
紙とエンピツを使い手を動かして考える。
 
スケッチによって描かれた線は、
不要な情報が省かれ
思い描くコンセプトが
ストレートに表現されたものである。
 
そして唯一CAD上でコーナー処理されなかった曲線が
玄関へと誘う。

「光と闇」

0507-01

近代建築の志向性は、
住居が持っていた家の中の
「闇」の部分を、
意味のないもの
わけのわからないものとして否定し、
排除して来た感がある。
 
もともと森林のサルから
進化してきた人間にとっても、
闇は恐れおののく空間だったかもしれないが、
一方では外敵から身を隠すことの出来る
安全な空間でもあった。
 
 
考えてみれば、
光と闇があるように、
苦あれば楽ありで、
大きくたって小さくたって、
難工事であればあるほど
創作の喜びは大きいと思う。
 
千利休の茶室や鴨長明の方丈の庵の愉悦は
想像以上のものであったのかもしれないですよ。
 
もっと過激に言えば、
建築そのものが
脳を気持ちよくする快楽物質なのです。
 
建築をすれば誰でも気持ちよくなれる、
そうささやいてるんですよ、
 
きっと。
 
 
0507-02
 
上の写真は浴室。
最終的には土の中にいるような感じになればと思っている。
 
もう一枚は床材を仮置きしている写真。
大工さんもだんだん麻痺、
いえ楽しんでくれてる、と思う。

空間を分ける

0502-草屋根の家

空間を分ける要素として、
壁やガラス、建具といった物理的なものや
高低差や距離、配置などの空間的なもの、
色や素材、明るさなどの記号的なものなどがある。
 
一般的に「これくらいは必要なのではないか」とされる空間のサイズや
定番の素材から抜け出した空間には
快適性や意匠性以上のものが生まれる可能性がある。
 
 
草屋根の家では
フレキシブルであいまいな空間を求めていくと同時に
20坪の小さなヴォリュームから
新しいものが生まれるのではないかと期待が膨らむ。
 
 
0501-足場
上の写真は定番の素材から抜け出した足場板。
小さな家をたくさんの人の手を借りて
出来上がった証になるだろう。

屋上○○計画

0812-屋上03

久しぶりに事務所の屋上に上がる。
 
この灼熱の中
フツフツと沸騰し始めるものを感じる。
 
 
屋上緑化計画はいまだ進行中なのだけれど、
この場所を使うことに関して言えば、
緑化だけが目的ではない。
 
それらを通じて何かを発信していく場所の
一つであるとするなら
これからの家づくりと錆びれかけた街へ投げる
一つの疑問符なのだと思っている。
 
これをやってみるからこそ、
今の街づくり、家づくりが砂上の楼閣であることを
伝えることが出来るのではないだろうか。
 
みんなそれはウソなんだよと、
王様は裸だと叫んだ子供のように、、、
 
 
限られた時間の中で
まずは動いてみますか?
 
平野。

技術と根気

0808-玉川の家01

先日は今治市『玉川の家』の棟上げ。
 
規則性を持ったヴォリュームが
機能的に反復され、
それぞれが肩を寄せ合い、
広い敷地の中で
凛とした骨格が現れる。
 
 
暑い日の中での棟上げ。
 
建築を作る上で
技術と根気というのは大切だなぁ、
としみじみ思う。
 
豪快さと繊細さ
おおらかさと正確さ
単純さと複雑さ
 
同時に存在しなくてはならない
相反する要素を紡ぎ合わせられるのは
技術と根気の力なのだ。
 
汗だくになっている大工さんをみていつも思う。
 
 
0808-玉川の家02
5間(9.1M)豪快に飛ばしている梁。
 
 
0808-高松番町の家
『高松番町の家』の地鎮祭。
氏神さまと打ち合わせ中の神主さん。