カテゴリー別アーカイブ: かりそめ

洞窟の記憶

0909-撮影

人は広大な草原や、
渺渺たる大海原の真ん中に出ると、
底なしの不安に襲われる。
 
このような不安を
解消してくれる存在は何なのか?
 
 
それが洞窟に他ならない。
 
ほの暗い林床のように暖かく、
また樹上にいるような安心感を得られる。
 
草屋根の家には
洞窟や山容の記憶の源がある。
 
浴室のドームを見上げると、
それはネアンデルタール人が見上げた
洞窟の天井だったにちがいない。
 
 
年内には「草屋根の家」が
HPで紹介出来るやもしれぬ。

測ること

0811-塊根植物

 
塊根植物と引替えに、、、
 
 
物差しは人それぞれの歴史や経験でつくられる。
 
筋書きや解釈がそこにつくられて、
良し悪しの判断の基準となる。
 
それに頼りつつ、
あるいは疑いつつ、
行動を選んでいる。
 
測りながら
人はそうやって生きている。
 
 
測ることはあやふやな自分の場所を
見出そうとすることと重なる。
 
測るためには、
定規が正確でなくてはいけないし、
目盛りを見る目が確かでなくてはいけない。
 
それを正確に測ることはとても難しいので、
私たちはしばしば測る行為を間違える。
 
 
己を知れ、と言われても
完全に測れる人はいない。
 
ましてや他人を含めた自分の生きざまを
正確に測りきることは余計に難しい。
 
だから後になってその測り間違えに気づき、
しまった、っと思ったりする。
 
最後までうまく測りきれずに終わることだってある。
 
それでもやっぱり私たちは何かを測り続けている。
 
測ることは、自分の不完全さを絶えず確認しながら、
より良き道へと進ませようとすることなんだと思う。
 
 
 
何かを見つけながら、、
 
何かを測りながら、、、

深夜力

0805-花火

 
花火と月と平野
事務所の屋上にて
 
 
 
職業柄、忙しいときは仕事が
深夜に及んでしまうことがある。
 
夜の方がかえって仕事が進んだりする。
 
午前中に新鮮な気持ちで
仕事を次々と進めていく快適さも大事だけど、
昼間には常識的な考えしか
浮かばなかったことが、
夜になるとフワッとアイデアが
生まれてくることが多々ある。
 
学生の頃は設計の課題で
幾度となく徹夜を経験する。
 
そして、徹夜でモノを生み出すことの
楽しさみたいなものを共有する。
 
夜は人を少しだけ変え、
昼間には隠されていた
楽しさのふところに触れさせてくれる。
 
 
夜、仲間たちと久しぶりに飲み明かす。
夜、ふとしたきっかけで何時間も電話で話をする。
夜、小説にはまり時間を忘れて読みふける。
夜、全てを遮断して、思考を深め、図面を書き続ける。
夜、試験が迫っていることに焦りを感じながら、
自分の将来について夢想する。
 
 
家のどこかに
その深夜力を大切に守る場所を
作り出すことが、
きっと建築家の役割なのだろう。
 
 
夜、時に人を執拗にさせる。

時間と場所

0604-島01

 
打合せのため再び島へ渡る。
 
ここへ来ると時間を忘れさせてくれる。
 
その場所からなのか、
そこに住む人からなのか、
それともある時代から屋根裏に隠されていた
身を守るための刀のせいなのか、、、
 
 
ある土地で住んで積み上げてきた知恵。
 
そこに示されている成果物は、
厳しい状況の中での祖先の苦労の報酬でもある。
 
注ぎ込まれた生命がひしひしと訴えてくる。
 
世代を超えようとした文化がそこにあり、
それは単なる情報でもなく知識だけではない。
 
 
その場所には人生の詩や歌が託されていて、
そこに住む家族の想像力や時代を洞察した叡智など、
そこに住む人たちがもがきながら掴もうとする表現などが
渾然一体となっている。
 
 
僕たちがどんな場所であれ、
自信を持って住んでいる人たちのところを訪れるとき、
どんなに素朴であっても、
守るべき場所の持ついとなみの持続と想像力から
深い感動を受ける。
 
ここではそれが豊かに存在する。
 
0604-島02

本当とウソ

0603-草屋根

雨の中の草屋根の家
 
取材してくださった方々までもがこの家を愛し、家人を愛す。
みんな本気で仕事してるから
本気で感じているのだろう。
 
 
§
 
もし本当に建築を愛し、
建築に教えられ、
建築と一つになるならば、
それは遊びとも決して無縁ではなく、
遊びを愛し、
遊びに教えられ、
遊びと一つになれる。
 
そうすれば建築にも興味を持ち、
同じように遊びにも興味を持ち、
設計は楽しみを増すだろうにと思う。
 
ウソの建築を大切にするものは、
遊びにもウソを持ち込み、
表面的で住みにくい世界が出現する。
 
人の前でウソの姿を見せ
人の目を欺いて本当の姿を見せる。
 
心すべきことだ。
 
§
 
0603-安並
一年経った安並の家
さらに自然と一体化し、
生活と一体化する。
 
0603-大島
大島の家
いよいよ着工。
 
0603-測量
市道をまたぐように架かる鳥居。
レベルを覗くスタッフ。

モチベーション

0507-馬術02

モチベーションを上げるには
いろいろ方法があるらしい。
 
ひとつは
「外発的動機付け」
といわれるもので、
馬の鼻先ににんじんを吊り下げる、
という最も分かりやすい方法。
 
もう一つは
「作業興奮」
というもので、
体を動かすことで神経細胞が
ノってる状態を作り出す方法。
 
 
設計の作業は正解を導くために
多くのエラーを検討する作業である。
 
頭でスマートな答えをアレコレ考えるより、
とりあえずは走り出すことが
重要なのだということを
いくつもの習い事をやってきて
好きなことが少しずつ
見えてきているムスメを見てそう思った。

日記のチカラ

0503-刻印

写真は計画地の横の擁壁の刻印。
 
ボクが生まれた年月に
この辺りの新幹線の高架の工事が
終わったのだろうか、、、
 
 
 
ボクのブログを2、3回繰り返して読むという。
 
言葉の一つ一つを感じながら、
自分に置き換えて読む。
 
確かに文章を組み立てるとき、
建築を組み立てる時のように見る人を意識し、
見る人それぞれがが多角的に感じ
想像できるように言葉を選び書くこともある。
 
それを繰り返し、
様々なシーンに置き換えて読み、
過去のブログにさかのぼって
自分の年と重ね合わせ読む。
 
過去のブログを読まれるほど
恥ずかしいものはないのだけれど、
それが考えるきっかけになればと思い
書き続けている。
 
いつもこれを読んでくれている
クライアントの皆さん、
繰り返し自分に置き換えながら読んでいる
3年目のスタッフ、
この小さな個人の日記で、
大した力にも結果にもならないかもしれないけど、
もしかしたら新しい世界の一歩が
踏み出されるのではなかろうか、、、

植物の居場所

0430-植物

 
人間が生み出した今日の文明のあらゆる問題は、
何れにしても自然を改造しているところにある。
 
人間にとって有利なように切り替えている。
 
それはどうしても不自然ということを伴っている。
 
しかし自然は大変に寛容だから
少しくらいの不自然はゆるしてくれるだろうと、
スタッフと事務所の植物たちの居場所を変えててみた。
 
人間のエゴかもしれないけど、、、

お天道さまと、、、

0428-omt引渡し01

「味野の家」引渡し
 
認められるかどうかはともかく
なぜ僕がこの場所で
建築の仕事をしているかといえば
まずこの仕事が好きだから、
つくることが好きだから、
という理由に勝るものはないと思っています。
 
 
行動を支えるものは評価されるためではなく、
好奇心だと思います。
 
「これからここで生活するのを想像するだけでワクワクします。」
 
味野の家のクライアントの言葉はシンプルで
想像や好奇心から行動へ移すことが
大事であることを再確認出来た言葉で、
それが建築の役割でもあるのだと思いました。
 
 
自分の携わるものに生命力を持って取り組み、
結果的に良いものが出来れば
あとは、お天道さまと米のメシはついて回るでしょう。

変身の術

0423-isb棟上げ01

「岩盤が眠り、くの字に折れ曲がるスキップフロアの家」棟上げ
 
0423-isb棟上げ02
工場で仮組された骨格が
現場で再度組まれていく。
棟上げが終わるころは
折れ曲がった先から夕陽が差し込む。
 
 
0425-tj棟上げ01
「4台分のガレージがある家」棟上げ
丸太梁に包まれ、
想像以上に大きい骨格。
0425-tj棟上げ03
 
 
 
 
壁と窓は人間関係の物質化に他ならない。
 
その関係の矛盾する要求を解決するために何かを施す。
これがうまく解決された時、
それを美しいと呼ぶのだろう。
 
太陽がよく当たるところと、
日陰が欲しいところとの関係にも
あてはまるだろう。
 
必ずしも壁や窓でなくても
庇があるとかないとかでもそうである。
 
生活とは矛盾の克服だと思う。
 
その場所が暖かくあってほしいと願い、
また涼しくなってくれと、矛盾した要求を出し
それを一つの装置でまかなおうというのが
建築の課題といえる。
 
その一方で何か一つの答えを出そうとするから
いつも具合が悪くなるので、
変身の術を心得ることが出来れば、
もっと解きほぐす仕事が出来るのだろうけどね、、、
 
0426-sw01