カテゴリー別アーカイブ: かりそめ

窓辺の場所

0421-tsm01

 
「窓辺の場所」という言葉を
本を読んでいて見つけた。
 
何か素敵な響きの言葉に思えた。
 
卑近な例えだけど、
季節が秋から冬に、
冬から春にかわる頃などは
窓辺でゴロゴロしたくなる。
 
西に向いた窓から見える遠い景色を見ながら
何が大切かという根源的な問いを
忘れないようにしたい。
 
0421-tsm02
 
複雑に絡み合った足場とデッキの骨組み

オープンデスクデシタ

0404-OD

 
いささか学生としては時の積み重ねを
肩に背負い過ぎていたようにも思う。
 
流されずによく考えているからこそ、
もう少し自分の道を考えても
いいんじゃないかという、
我ながら妙な情動が湧いてくる。
 
他人の人生に踏み入って、
その敷かれたレールを
切り換えるデザイン程
難しいことはない。
 
だから自分でデザインするしかない。

満たすことの難しさ

0403-夜桜

 
事務所の近くの散り始めた夜桜
 
 
生きていくことは大変なことだ。
 
「世事わが事に非ず」に
徹底して生きられるためには、
よほどの楽観が必要である。
 
しかしなかなかそれが出来ないから
悩むのかもしれない。
 
 
人々が多様化、情報化の方向をとっているときは、
一人ひとりが何にこだわっているのかを知るだけでも大変な上に、
仮にそれがわかっても、
それを満足させる方法を見つけるのに苦労し、
またやっとそれを見つけたとしても
果たしてその人がその場にいてくれないかもしれず、
その他の矛盾した欲望の人の方が来てしまうかもしれず、
それを全部満たすことの難しさを感じる。
 
 
「年々や桜を肥やす花の塵」芭蕉

裏返しのファサード

0318-塊根植物

 
事務所のコーデックスが芽吹き、
長く続いた暗黒の冬も終わり、
事務所も春の陽気、
晴れ晴れとした空気に包まれる。
 
 
粗相このうえない僕にとって
下着や靴下、
はてはセーターを裏返しに着服して
人と会って平然と装っているのは常のことだけど、
このところ人の心の裏返しに出会うことがある。
 
自分なのか他人なのか
行動なのか言葉なのか
モノなのかカネなのかは確信できたけど、
いつか誰かは街路の乞食になりはてる、
そんなジャン・バルジャン的夢想も
一興というもの。

お礼

0220-築山

 
寒い中、
また遠いところからのご来場、
準備していただいた工務店の方々、
この場を作っていただいたクライアントのTさん
ありがとうございました。
 
 
 
建築家はハンカチを汚さぬままに
哲学や思想をつぶやいてきた。
 
だから人々はそれを聞く耳を持たなかった。
 
小さな庭だけど掘り起こしては盛ってみた。
 
ものをつくるのは
そのものに生命を移すことである。

鳴門の巨岩

0216-坪庭

 
中庭に巨岩が居座っている。
 
工事の時に目を覚ました巨岩である。
 
この家が脇役になるくらいの巨岩である。
 
 
樹や石に神を見るのは日本文化の基層の性格だけど、
いまさらそれを持ち出すのはやめようということで、
巨岩が一つあるのは厄介だから
もういくつか置こうと考えた。
 
そうすれば物神性は少し和らぐだろうと確信し、
動かすことを伝えたと同時に、
監督の眉が曇ったのを見逃さなかった。
 
土に埋まっていた岩を掘り起こしては散りばめ、
散りばめては動かした。
 
散りばめるほど軽いものではないけど、
お陰で自然に溶け込んだ。
 
職人たちの力で仕上がった。
 
曇った眉が晴れ渡った職人の技術で完成した。
 
この庭園は未来を暗示しているに違いない。
 

「鳴門の家」オープンハウス

0211-鳴門OH

 
シンプルな家族構成と
いくつかの要求。
 
地形をながめ、
位置をさだめ、
形を考えた。
 
 
喜びをもたらすことは
人間に必要なもので、
健康は重要な一つである。
 
新鮮な空気、光と坪庭、
高低差のある場所に
適度な運動と休養、
将棋を指し、潮風を感じる。
 
 
 
クライアントのご厚意で予約制ではありますが
オープンハウスを行います。
 
ご興味のある方は15日までにメール等にてご連絡ください。
追って詳細をご連絡いたします。
 
場所:徳島県鳴門市鳴門町
日時:2/17(土)、18(日)
連絡先:info@k-tenk.com

一本の線

0210-松並木

 
設計の最初の段階というもの、
白紙の上に
最初の一本の線を引かれるまで
多くの迷いがある。
 
曖昧だった線が
少しずつ自信のある
しっかりとした線に
変わってくる。
 
決まってきた線には
様々な思いが込められるようになる。
 
すると往々にして
矛盾した願いのいずれをも
捨てられない場に追い込まれて
悩むことになる。
 
しかしこれこそ
新しい考えの誕生のキッカケである。
 
まずは場所性を大事に
一本の線を引いてみよう。

仕事始め

0104-岡山神社

 
縁なのか偶然なのか、
何ものかに導かれるように
訪ね歩いていた神社仏閣も
今では仕事始めの日課になり、
パチンパチンと拍手鳴らして
祝詞奏上とまではしないけど、
岡山神社に参詣し
二礼二拍手一礼で
今年も仕事が始まる。
 
 
長い一年が終わり
また長い一年が始まる。
 
今年こそはこれに耐えうる体にしていかないと
一年を戦えない。
 
生物の進化とまではいかなくとも、
鍛えることで
暑さ寒さも、
思い荷も、
強い衝撃も、
長いこと走ることも、
苦でなくなるのだろう。
 
 
今年はそうした修行をもう一度見直して、
楽しく生きる術を考えていこうと思う。
 
もちろん比叡山の千日回峰行のように、
飲まず食わず寝ずで
仕事をするわけでも
させるわけでもない。
 
 
0104-岡山城
岡山城

混沌と秩序

1230-味野

 
「良い音楽、自分たちが好きな音楽が売れるわけではない。
ただ、良い音楽は必ず残っていくと信じている。」
 
誰かが言っていた言葉を思い出すたびに
さわやかな気持ちにさせてくれる。
 
ただ、プロとしてものをつくるとき、
誰もがぶつかるジレンマなのだろう。
 
修練を積んだ専門家と
大衆の好みが一致することはまれだ。
 
建築においてもそれに似た状況に
出くわすことがあるが、
建築は一方通行に発信するものではない。
 
施主がいて、設計者がいる。
施工者もいる。
公共性をもつ。
 
それらのコミュニケーションのなかでつくられる。
 
混沌とした要望や関係の中で、
秩序ある社会や思いの中でつくられる。
 
 
日本人というのは
混沌と秩序の中間をうまく探し出すのが
好きなのだろうか、、、
 
あまり完璧だといけないと言って
傘を忘れた左甚五郎を尊ぶ精神が
どこかにあるのだろうか、、、
 
有限の世界にいることを悟った
古代ギリシャの人たちのように、
無限なんて望まないほうが
いいのではないか、、、
 
 
仕事納めの日に
今春お引渡したお家にお伺いした。
 
突然の訪問に驚き、
久しぶりの再会に喜び
時間を忘れて暗くなるまで
たくさんお話が出来た。
 
生活を始めてからいろいろな気持ちを聞くことが出来た。
 
設計打ち合わせでは考えていなかったこと、
意図してなかったこと、
あえて完璧さを求めず作ってきた場所で
新しい生活を作り、楽しみ、
出会いを大切にし、
たくさんの人に愛されている。
 
今年は特に設計すること建築することを
改めて考えさせられることが多かっただけに、
年末最後の訪問は
僕にとって、スタッフにとって
この仕事をやってきて良かったと
再確認出来た時間だった。
 
 
建築は雨風をしのぐためだけのシェルターではない。
とくに住宅の設計においては。
 
建築をつくることの真理を、
概念の上ではなく
現実の経験として感じることが出来る。
 
クライアントと出会い、計画が始まって
途中お互いを疑うこともなく、
信頼関係の中での
3年越しの完成だったから感じたのかもしれない。
 
 
来年は看板ネコ「スコちゃん」が待つ
「HOBAL BAGEL」へOPEN1時間前に来て
並んでいる人とのコミュニケーションを大切にしながら
クライアントがつくるベーグルを
買って食べることを楽しみに
今年を締めくくります。
 
それではみなさん
良いお年をお過ごしください。
 
 
 
突然の訪問、
抜き打ち検査に快く対応してくださったOさん
ありがとうございました。