
:
正方形の空間を少しずつ角度を変えて重ねてゆく.
ずれは奥行きとなり、隙間はひらきとなる.
それは構成ではなく掘り進める行為に近い.
まるで地層を削るように空間が奥へと続いてゆく.
:
正方形という静かなかたちは
角度を持つことで動き出す.
内へさらに内へ.
やがて光は断片となって届き
音は壁に反響しながら沈黙と対話する.
:
建築はただの器ではない.
そこは時と身体が沈み込む現代の洞穴である.
:

:
今回の計画地の新庄地区は
時間と風土が織りなす繊細な織物のように
歴史と自然が静かに重なり合う場所である.
ここでは人々の営みが、
季節の移ろいとともにかたちを変え
古きものと共に息づいている.
文化とは単なる記憶ではない.
生きられる風景であり
語られる空気である.
:
この地を象徴する「新庄の長溝」は
構築というより
“耳を澄ますこと”から始まった風景である.
庄屋・岩政次郎右衛門は
干ばつに喘ぐ村の沈黙に応え
地形に沿って水の道を刻んだ.
水は流れるだけでなく
祈りであり構造であり村の心を内側から潤した.
今もなおその用水は
風景に沈殿する時間のように静かに脈打っている.
:
その水音の中
梅雨明けの空の下で家が建ちはじめる.
棟が上がるとは
地と天を貫く意志が立ち上がること.
柱は天を支えるのではなく
空を受け取る準備をしているようだ.
土地のわずかな癖が
垂直や水平に揺らぎを与え
光と風の通り道をかたちづくる.
直線は緩み、折れ
視線はゆっくりと遠くへと抜けていく.
中庭には空が降り
光や雨、影が季節とともに満ち引きする.
家は内と外を区切らず
にじませ融かし編み直す.
:
家族という存在もまたその揺らぎの中にある.
構造のようでいて流動的.
空間とともにほどけ、結ばれ
季節のように変化していく.
建築とは風土に耳を澄ませ
時間に応答しながら
生きる場を紡ぐことなのだろう.
:
:
今年は乙巳
干支のめぐり六十年に一度だそうだ.
知らなかった.
知らなくても足は動いた.
:
その重みを知らぬまま
撮影の帰途ふと足をとめた.
寄り道だ.
寄り道はたいてい正しい.
:
陽は高く
だが木々の間をすり抜ける影が
まるで水のようにやわらかく
体を包んだ.
:
ふと立ち寄ったのは
丘の上にひっそりと息づく
森に抱かれた神の座.
そこに神社がある.
:
名前は聞いたことはなかった.
地図にもたぶん小さくしか載っていない.
だがそこに存在する.
空間が結界をつくっている.
鳥居も石段も自然も
ひとつのからだのように繋がっていた.
:
祭神は白龍大神.
白蛇を従える.
いや白蛇こそ神の貌(かお)か.
蛇とはなにか.
地を這い姿を変え
脱皮し再生するもの.
それは大地の記憶であり
人の恐れであり
希望の形代でもある.
:
神社とは建築か?
いやそうではない.
人間が自然に向けて開けた小さな穴
その穴のなかから、
なにかがこちらを覗いている気配さえ感じる
:
ただの寄り道が記憶の地層に爪を立てた.
そういう日もある.
そういう年だったのかもしれない.
:
四万十で撮影
:
終の住処としてこの地に身を運んだ.
広大なる太平洋
屹立する山々
その狭間に突き出た高台に
ひとつの「いえ」を据えた.
:
素材は語る.
光が応える.
それらは空間のなかで響き合い
ひとつの舞台をつくる.
:
かたちには理由があり
素材には時間が宿る.
スケールは揺らぎ
秩序はそれらを優しくつなぎとめる糸となる.
:
そしてある朝
空がにわかに染まり
風がささやく.
ここがわたしたちの居場所だと.
:
配筋検査のため柳井へ
:
鉄と土の対話を見届ける儀式みたいなもので
図面に描かれた直線が
現場でわずかに揺らぎ
地の癖と人の手がそこに滲む.
:
鉄筋はただの素材ではない.
やがて家の骨となり
見えなくなるものだ.
だからこそこの瞬間に目を凝らす.
鉄が正しく並び
組まれ結ばれているか
その一筋一筋に
設計の意図と現場の知恵が宿っている.
:
配筋は語る.
家が立ち上がる前に
その命の流れがここにあると…
:
日差しが静かに街を包み込むなか
琴平新町の鳥居のそばで
一本の柱がそっと立ち上がった.
:
やがて梁がかけられ
空と地面のあいだにひとつの秩序が生まれる.
それは何かを主張するのではなく
ただ静かにそこにあるということの
意味を問いかけてくる.
:
木は木として
職人は職人として
過不足なく役割を果たし
建築という形をそっと支えていく.
:
この場所に必要とされたものは単なる機能ではない.
時間に耐え、時に寄り添い
やがて風景と呼ばれるものと
やわらかく結びついていく存在.
人々がそこに身を置き
心を澄ますための場.
:
棟が上がるということは
建築がようやくひとつの呼吸を
始めるということかもしれない.
その息づかいを
人々は言葉にせずとも感じている.
:
鳥居をくぐるたびに
ふと視線がその方へ向かう.
それは建築が町の時間の一部となる瞬間だった.
:
瀬戸内に浮かぶ島の光はやわらかく
それでいてどこか鋭い.
その光の中にちいさな集落が息づいている.
:
三方を細い道に囲まれた土地に
これから一つの家を建てる.
家といっても、単なる住まいではない.
日本酒をふるまい
器を売り
人の行き交う場所だ.
豪奢なものではなく瀬戸内の海風に吹かれながら
島の土と話し合うような
そんな家だ.
:
玄関はひとつの物語になるだろう.
ただの出入り口ではない.
奥へ奥へと、心を運ぶ通り道.
道に開き
島に開き
人に開く
奥行きのある場所.
:
外から中へ、中から奥へ.
玄関はそんなふうに
あいまいにふくらんでいく.
:
道に面して開かれた軒下空間.
そこにはきっと島の人や
この島に訪れた人たちが腰掛けるだろう.
酒を傾け、器を手に取り、語らうだろう.
:
海から渡る風と、島にしみこんだ記憶と.
すべてがこの場所に、少しずつ滲み出していく.
:
小高い丘の上にぽつんと姿を現した校舎は
どこか遠い記憶を呼び覚ます.
:
赤茶色の屋根は夕陽を吸い込みながら
なおも土の匂いを纏っている.
それは新しいのに
なぜか昔からそこにあったような佇まいで
風の通り道をよく知っている.
:
深く張り出した軒は雨をしのぐばかりではない.
ひとつの時間を抱える場所として
子どもたちの声や沈黙をそっと包みこむ.
小さな空間が大きく息づいているのは
そこに「余白」があるからだ.
:
建築が人の営みを待っている.
そんな気配がもう漂っている.
:
十五坪の宿の長屋計画
小さな、実に小さな空間である
:
だけど人は狭さを憂うばかりではなく
その狭さにこそ心の自由を見出すこともある
:
ここは生口島の島の中腹
瀬戸内の静けさに包まれ
時に忘れられたかのようなところである
:
この地はかつて海の道を見張る者たちの拠点だった
村上水軍、ただの海賊ではない
秩序と混沌のあいだで海の暮らしを守り続けた者たち
その眼差しが注がれた瀬戸内の島々が今静かに佇んでいる
:
多島美とはよく言ったものだ
島と島とが折り重なり海と空の境界がほどけていく
その風景にかつての文人も旅人も
そして今を生きる我々もまた
心を奪われずにはいられない
:
蕪村も子規も詠んだこの海
「海と空 わけても青し 瀬戸の春」
:
言葉は時を越え
風景と交差し
この宿の窓辺にも静かに降りてくる
:
十五坪の暮らしは喧騒を離れた贅沢であり
風と光の遊び場である
瀬戸の島影とともに暮らす
そんな時間がここには確かに息づいている
:
石を根とする大黒柱は真ん中に鎮座し
八角形の空間へと枝を広げる
:
屋根の架構は麻の葉
:
その文様は強靭にしてしなやかで
生命の力が編まれたかたち
:
その包まれた空間のなかで
子どもたちは息づき伸びていく