(日本語) 飯山の家

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「飯山の稜線に倣う」
 
建築を考えるとき私はいつも「在り方」について思いを巡らせる。どう建てるかではなくどうそこに在るか。建築が建築である前に風景の中のひとつの存在として、何を学び、何に従い、何を静かに手放していけるか――その問いが設計の出発点になる。香川県飯山。山裾がゆるやかに広がるその地に小さな家を設けた。あえて目立たせずむしろ後ろに退くように。それは建築が自然に倣うというより、「風景の一部として在る」ことを目指したからだ。屋根はなだらかな弧を描き山の稜線に静かに呼応している。深く伸びた軒は、雨を受け、陽を遮り、季節の気配を緩やかに伝える。この軒の下で人は自然と足をとめ、外と内とのあわいに佇むことができる。建築は「遮るもの」ではなく「つなぐもの」になりうるのだとそう思う。
内部はスキップフロアで構成されている。高低差によって視線が交差し空気がゆっくりと流れる。段差はただの機能ではなく空間に微細なリズムをもたらし、人の行為や関係性をそっと導く。読書スペース、台所、遊び場、それらは一体の中で緩やかに分かれ、また繋がっている。そこには「均質な間取り」では決して得られない柔らかな関係がある。私は建築が住む人を押しつけがましく導くことを好まない。むしろ住まい手がふとした行為や沈黙のうちに、建築と関係を育てていくような、そういう余白が大切だと思っている。この家にもまた小さな余白が随所にある。空間が交わる土間空間、段差に腰掛ける中間領域、季節を映す一枚の窓。それらが暮らしの速度を少しだけ落とし日々に深度を与えてくれる。
 
家は完成したときが始まりではない。
暮らしとともに記憶を重ね、音と光と手触りが染み込んで、
ようやく「その土地にふさわしい家」になっていくのだと思う。
風景は変わらないようでいて常に移ろっている。
その移ろいに身を委ねながら、家もまた少しずつ変化していく。
そうして五年後、十年後、誰かがふとこの家を見たとき
「初めからそこにあったようだ」と思ってくれたなら、
それがいちばんの答えなのかもしれない。
 
 
所在地:香川県丸亀市
竣工:2025年4月
用途:専用住宅
構造:木造2階建
敷地面積:544.44㎡
建築面積:124.74㎡
延床面積:146.97㎡
写真:野村和慎