鳴門の家
Posted on August 18, 2022

「場を生きる建築」――鳴門の小さな家
所在地:徳島県鳴門市
竣工:2018年3月
用途:専用住宅
構造:木造2階建
敷地面積:207.34㎡
建築面積:60.31㎡
延床面積:73.56㎡
写真:笹倉洋平
この家は徳島県鳴門市の北東、海と風の気配を孕んだ島に計画された小さな住まいである。生まれ育った地に戻り、ひとりそこに暮らすための家。つまりこれは家族という構造体に依らず、むしろひとりの人の生を包むために生まれた空間である。間取りは要請からではなく「どう在るか」から立ち上がった。寝室だけは二階に。趣味はゴルフ。——ごく控えめな要望を手がかりに、空間は地形を手繰るようにして紡がれていった。私は思う。建築はまず「地に耳を澄ませる」ことから始まるのだと。この場所には風の抜けがあり、鳥の影が落ち海の匂いが届く。アプローチにはわずかな起伏を設け、工事で出てきた石を点在させ草木を植えた。鳥が舞い人が腰かけ季節の手触りがにじむ。やがて玄関に辿り着くといつの間にか半階身体が上がっている。これは視覚ではなく身体の記憶に訴える場のつくりかたである。家の内部にもまたさまざまな「生の位相」が仕組まれている。明るく開けた場と穴蔵のような籠りの場。遠く対岸を眺めるバルコニーに緑陰に包まれた涼しい外の間。陽だまりの縁側。上る、下る、曲がる、ふと開ける。階で区切るのではなくまるで山を歩くように身体が自然と居場所を選び取る。海は一枚の絵のように切り取られるものではない。手前からの景色、奥からの気配、暗がり越しのきらめき、中庭を介して響いてくる波音。そうした「間(ま)」が重なることで空間はひとつの詩になっていく。この家は人が受動的に置かれる場ではなく、能動的に選び、動き、関わる場であることを目指した。それはまるで山に生きる動物たちが、それぞれの時間にそれぞれの場所で、自然とともに振る舞い生きることそのものを楽しんでいるかのように。
人の生を包み風景と対話し土地に寄り添う。
それは「住む」ということの原初の歓びを取り戻す営みではないか。
建築とはそのような場所をそっと立ち上げることではないか
私は思う。