里山の事務所
Posted on August 10, 2024

山の中の建築——風景に応答する「間(あわい)」として
山あいにひっそりと現れるその建築は語ることを急がない。自らを風景の一部として声高に主張することを避け、むしろ山の沈黙に耳を澄ませるかのようにただそこに在る。風景に従うのでもなく抗うのでもない。自然と人間のあいだに生まれる微細な「ずれ」や「ゆらぎ」に寄り添うことでこの建築は「居場所」として立ち現れる。それは建築が単なる物体ではなく「関係」であるという思想の静かな実践である。方形の屋根に放射状に架けられた垂木は、秩序の幾何と自然の拡がりのあいだを往還する装置だ。見る者の身体がその構成をなぞるとき、空間は内から外へ、外から内へと波紋のようにひろがってゆく。そこで建築は囲いでも遮断でもなく「媒介」としてのかたちを帯びる。石畳の半屋外空間は即興のようでいてある緊張感を孕んだ配置をもつ。そこに置かれた石ひとつひとつに時間のしわが刻まれている。無名の素材が時間という名の職人によって彫刻された「記憶の地層」として空間に厚みを与える。内部は4層に折り重なる。段差やスキップは単なる構成要素ではなく、身体の動きを誘発し思索を喚起する場として編み込まれている。天井の抑揚、床の連鎖。そうしたわずかな「揺れ」や「溜まり」が空間に複数の人格を与え、静かな共棲の場を立ち上げる。
この建築には象徴も演出もない。
葉が雨を受け、やがてそれが傘となり、ひとが集う場となるように——
自然のふるまいをそっと借りながら建築は「場をつくる」のではなく「場としてある」ことを選ぶ。
建築とは出来た瞬間に完結するものではない。
人が時間を重ね出来事が記憶となり風景と響き合うことでようやく建築は「生きる」。
この山の建築もまたその静けさのなかに誰かの気配を受けとめつづけている。
それはつくることを通して「ある」という問いに近づくひとつの応答である。
所在地:香川県高松市
竣工:2024年3月
用途:事務所
構造:木造2階建
敷地面積:2687.0㎡
建築面積:53.00㎡
延床面積:67.90㎡
写真:野村和慎