カテゴリー別アーカイブ: 棲むというコト

時間と場所

0604-島01

 
打合せのため再び島へ渡る。
 
ここへ来ると時間を忘れさせてくれる。
 
その場所からなのか、
そこに住む人からなのか、
それともある時代から屋根裏に隠されていた
身を守るための刀のせいなのか、、、
 
 
ある土地で住んで積み上げてきた知恵。
 
そこに示されている成果物は、
厳しい状況の中での祖先の苦労の報酬でもある。
 
注ぎ込まれた生命がひしひしと訴えてくる。
 
世代を超えようとした文化がそこにあり、
それは単なる情報でもなく知識だけではない。
 
 
その場所には人生の詩や歌が託されていて、
そこに住む家族の想像力や時代を洞察した叡智など、
そこに住む人たちがもがきながら掴もうとする表現などが
渾然一体となっている。
 
 
僕たちがどんな場所であれ、
自信を持って住んでいる人たちのところを訪れるとき、
どんなに素朴であっても、
守るべき場所の持ついとなみの持続と想像力から
深い感動を受ける。
 
ここではそれが豊かに存在する。
 
0604-島02

光の役割

0214-東山崎の家

 
「妹尾の家」
「東山崎の家」
ようやく足場が外れる。
 
 
空間の快適さの中で
光が占める役割の重要さというのは
相当なものではないかと思います。
 
 
それは照明器具の光ではなく
自然の光なのです。
 
0214-妹尾の家

制御する方法

0913-東山崎の家

国道沿いに建つ未来の農家住宅。
 
 
技術の進歩に伴い
制御の方法も変わる。
 
しかし忘れてはならないことが一つある。
 
科学がいかに進み、
技術がどう変わろうと、
われわれはやはり自然と共存して生きている。
 
われわれの先輩たちは
自然と「やさしく」接し「仲良く」してきた。
 
そういう制御もあったのだということを
忘れないようにしたい。

暮らすこと、生きること

0820-office02

新たなスタッフと
事務所の模様替えで
事務所も少しずつ変化する。
 
暮らしてゆくこと、
生きてゆくことは
常に身の回りの空間を作っていき
変化してゆくことである。

家づくり

0217-風の望楼02


今日は「南国の家」のお引き渡しと
高知での営業活動でした。
 
 
 
お引渡ししたクライアントの声や、
会場に来られた方の声を
お聞きしながら
家づくりと言うことを
いつも考えさせられる。
 
家をつくるという行為は
創造的なことだと思う。
 
 
自分の生活の場をこうしたいと思う気持ちは
人の根源的な欲望なのだろう、、、
 
程度の差こそあれ
誰しも抱く想いだと思う。
 
気に入った小物を部屋に置く。
 
花を飾る。
 
家具のレイアウトを考える。
 
庭に草木を植える。
 
それらの延長線上に
家を建てると言うことがある。
 
どうせなら
パッケージ化された
商品としての家を買うよりは、
その楽しみを味わえる
家づくりを勧めたい。

欲望の共同化

1231-しめ縄


昨日しめ縄を作りました。
 
 
まぁ、なんと月日の経つのが早いことか。
アッという間に一年が終わった。
 
 
今年もたくさんの人と出会い、
たくさんの建築を一緒に創ってきた。
 
建築を創るという行為は、
「何かを共にし、創り上げること」
という、欲望の共同化ということと、
とても深く交差している。
 
そこには、「共に創ること」という楽しさが、
本来なカタチで織り込まれているからである。
 
「そこに住む人」
「それを構想する人」
「それを作る人」
 
の欲望が共同化され、
それぞれ異なった方向に発散することなく、
一つに向かって求められているからである。
 
その行為は他のことには換えられない楽しさと
手応えが生まれる。
 
来年も、それぞれの欲望が美しく織り込まれて、
新しい次元を拓くこと。
 
勝つことも負けることも意味を持たず、
 
「私は楽しい」
という思いが
 
「あなたも楽しい」
 
という次元へとうまく接続し、
伝達していくような関係のカタチが
出来たらいいなぁと思っている。
 
(年末なので少し真面目に綴ってみました。)
 
 
それではみなさん、
良いお年を!

心地良い場所

1211-塚ノ原の家


「塚ノ原の家」のリビング
夏には花火が見えるらしい、、、
 
 
週末は、クライアントのご厚意で
予約制でしたが高知「塚ノ原の家」の
オープンハウスをさせていただきました。
 
寒い中、また遠くからのご来場
ありがとうございました。
 
なんとなく雰囲気を伝えることが
出来たんじゃないかと思います。
 
 
 
砂浜にパラソルを立てる時、
どこに立てるか。
 
花見の時はどこに陣取るか。
 
人は本能的に居心地の良さそうな場所を
嗅ぎ取る嗅覚がある。
 
設計の際にも設計者としての色眼鏡をはずして、
本能的な嗅覚をとがらせて、
敷地と対峙すべきだと思う。
 
敷地のどこが一番心地良い場所になるのか。
 
自分の持つ皮膚感覚を大切にして
設計に取り組まなければならない。
 
もちろんこの家の心地良い場所はここ。
他にももちろんあるけどここかな。
 
 
すぐ帰る人。
つい長居してしまった人。
いろいろ質問してくる人。
まな椅子が欲しいと言う人。
 
反応は様々。
 
 
 
以前、内藤廣の本に書いてあったことをフと思い出した。
 
「デザインとは翻訳すること」だと言う。
 
デザインはモノとヒトとをつなげるための道具。
モノとヒトとのコミュニケーションを支えるもの。
 
そういう仕事をしていきたいとフと思った。
 
1212-南国の家
↑「南国の家」
南北に抜ける風が気持ちいい。

建築って何ですか?

1105-スタディ模型


後輩が寝ずに?手伝ってくれた、
高知・幸町の家の
ダンボールで作ったスタディ模型。
 
 
先週の木曜日から月曜日にかけ、
高知・香川・徳島で行ったり来たりの打ち合わせ。
 
体力は底を打っていたが、
どうやらクライアントのマッサージで
明らかに上向いている。
 
調子に乗らずにグデグデと復調したい。
 
 
慣れない街を一人で歩いていると、
ポツンと一人取り残されたようで
よりどころがなく、
居心地が悪く感じることがある。
 
こういう仕事に就きその経験を思い起こすと、
建築をつくるというのは
場所をつくるということではないかと思う。
 
よりどころのない環境に、
頼りになる境界をつくり、
溜まり落ち着ける場所をつくること。
 
それが建築をつくる原始的な意味なのだろう、、、
 
たとえば誰もいない砂浜で、
ビーチパラソルを立てる。
 
たった1本の柱とわずかな日影が出来るだけで
人はそこを自分の居場所と認識し、
そして自然に人が集まる。
 
「建築空間のはじまり」ともいえる、
そんな原初的な心地よさがある場所を
つくっていきたいです。
 
「テンキュウさんがつくっている建築って何ですか?」
の問いに対し、
馬路村のリップクリームで
長々と滑らかに真面目に答えることが
出来たんじゃないかと思いますが、、、
 
どうですか?
 
 
ケンちゃん?
 
1105-リップクリーム

クライアントにいただいた
馬路村のリップクリーム。
これでボクのクチビルは潤い
滑らかになるでしょう。
だからといって
口で仕事が増えることはないでしょうけど、、、