カテゴリー別アーカイブ: ケンチクノコト

「鳴門の家」オープンハウス

0211-鳴門OH

 
シンプルな家族構成と
いくつかの要求。
 
地形をながめ、
位置をさだめ、
形を考えた。
 
 
喜びをもたらすことは
人間に必要なもので、
健康は重要な一つである。
 
新鮮な空気、光と坪庭、
高低差のある場所に
適度な運動と休養、
将棋を指し、潮風を感じる。
 
 
 
クライアントのご厚意で予約制ではありますが
オープンハウスを行います。
 
ご興味のある方は15日までにメール等にてご連絡ください。
追って詳細をご連絡いたします。
 
場所:徳島県鳴門市鳴門町
日時:2/17(土)、18(日)
連絡先:info@k-tenk.com

一本の線

0210-松並木

 
設計の最初の段階というもの、
白紙の上に
最初の一本の線を引かれるまで
多くの迷いがある。
 
曖昧だった線が
少しずつ自信のある
しっかりとした線に
変わってくる。
 
決まってきた線には
様々な思いが込められるようになる。
 
すると往々にして
矛盾した願いのいずれをも
捨てられない場に追い込まれて
悩むことになる。
 
しかしこれこそ
新しい考えの誕生のキッカケである。
 
まずは場所性を大事に
一本の線を引いてみよう。

優しさとはかなさと

20171210 鳴門

ある世界ではミステリアスで
寓話的で美しく見え、
またある世界では
全然楽しげでもないし、
人々は疲れ果てながらも、
未来生活を振る舞おうと
しているように見える。
 
薄い皮をめくると
一気に涙が溢れ出るような、
絶望ギリギリの
精神状態のような緊張感。
 
 
そんな中スーパーヒーローは
いつも強く優しく
前向きでいなくちゃいけないけれど、
その実、
はかなさともろさと表裏一体で
それは相容れないが共存している。
 
 
前を向き合い、
膝を突き合わせることから
始まるのかもしれない。
 
 
「鳴門の家」の掘りごたつの中から

建築の理解度

20171210大島

 
1213-小屋
 
 
「大島の家」、「こやといえ」
ようやく足場が外れ
徐々に外部が仕上がっていく。
 
 
§
 
 
建築をつくるには
クライアントの
建築に対する理解も大切である。
 
スイスのチューリッヒでは
建築賞というものが
市民である施主が表彰される。
 
これには建築主の
建築的な考え方をしっかりと評価し、
その結果を広く一般市民に
知らせる目的がある。
 
すでに社会に根ざした
音楽や絵画と同じように、
社会的な地位を
建築の分野でも
確立していこうというのである。
 
 
§
 
 
1213-草屋根
 
こちらのご夫婦は来年地上波初登場となり
関西方面において広く知られていくのか?

洞窟の記憶

0909-撮影

人は広大な草原や、
渺渺たる大海原の真ん中に出ると、
底なしの不安に襲われる。
 
このような不安を
解消してくれる存在は何なのか?
 
 
それが洞窟に他ならない。
 
ほの暗い林床のように暖かく、
また樹上にいるような安心感を得られる。
 
草屋根の家には
洞窟や山容の記憶の源がある。
 
浴室のドームを見上げると、
それはネアンデルタール人が見上げた
洞窟の天井だったにちがいない。
 
 
年内には「草屋根の家」が
HPで紹介出来るやもしれぬ。

測ること

0811-塊根植物

 
塊根植物と引替えに、、、
 
 
物差しは人それぞれの歴史や経験でつくられる。
 
筋書きや解釈がそこにつくられて、
良し悪しの判断の基準となる。
 
それに頼りつつ、
あるいは疑いつつ、
行動を選んでいる。
 
測りながら
人はそうやって生きている。
 
 
測ることはあやふやな自分の場所を
見出そうとすることと重なる。
 
測るためには、
定規が正確でなくてはいけないし、
目盛りを見る目が確かでなくてはいけない。
 
それを正確に測ることはとても難しいので、
私たちはしばしば測る行為を間違える。
 
 
己を知れ、と言われても
完全に測れる人はいない。
 
ましてや他人を含めた自分の生きざまを
正確に測りきることは余計に難しい。
 
だから後になってその測り間違えに気づき、
しまった、っと思ったりする。
 
最後までうまく測りきれずに終わることだってある。
 
それでもやっぱり私たちは何かを測り続けている。
 
測ることは、自分の不完全さを絶えず確認しながら、
より良き道へと進ませようとすることなんだと思う。
 
 
 
何かを見つけながら、、
 
何かを測りながら、、、

深夜力

0805-花火

 
花火と月と平野
事務所の屋上にて
 
 
 
職業柄、忙しいときは仕事が
深夜に及んでしまうことがある。
 
夜の方がかえって仕事が進んだりする。
 
午前中に新鮮な気持ちで
仕事を次々と進めていく快適さも大事だけど、
昼間には常識的な考えしか
浮かばなかったことが、
夜になるとフワッとアイデアが
生まれてくることが多々ある。
 
学生の頃は設計の課題で
幾度となく徹夜を経験する。
 
そして、徹夜でモノを生み出すことの
楽しさみたいなものを共有する。
 
夜は人を少しだけ変え、
昼間には隠されていた
楽しさのふところに触れさせてくれる。
 
 
夜、仲間たちと久しぶりに飲み明かす。
夜、ふとしたきっかけで何時間も電話で話をする。
夜、小説にはまり時間を忘れて読みふける。
夜、全てを遮断して、思考を深め、図面を書き続ける。
夜、試験が迫っていることに焦りを感じながら、
自分の将来について夢想する。
 
 
家のどこかに
その深夜力を大切に守る場所を
作り出すことが、
きっと建築家の役割なのだろう。
 
 
夜、時に人を執拗にさせる。

時間と場所

0604-島01

 
打合せのため再び島へ渡る。
 
ここへ来ると時間を忘れさせてくれる。
 
その場所からなのか、
そこに住む人からなのか、
それともある時代から屋根裏に隠されていた
身を守るための刀のせいなのか、、、
 
 
ある土地で住んで積み上げてきた知恵。
 
そこに示されている成果物は、
厳しい状況の中での祖先の苦労の報酬でもある。
 
注ぎ込まれた生命がひしひしと訴えてくる。
 
世代を超えようとした文化がそこにあり、
それは単なる情報でもなく知識だけではない。
 
 
その場所には人生の詩や歌が託されていて、
そこに住む家族の想像力や時代を洞察した叡智など、
そこに住む人たちがもがきながら掴もうとする表現などが
渾然一体となっている。
 
 
僕たちがどんな場所であれ、
自信を持って住んでいる人たちのところを訪れるとき、
どんなに素朴であっても、
守るべき場所の持ついとなみの持続と想像力から
深い感動を受ける。
 
ここではそれが豊かに存在する。
 
0604-島02

本当とウソ

0603-草屋根

雨の中の草屋根の家
 
取材してくださった方々までもがこの家を愛し、家人を愛す。
みんな本気で仕事してるから
本気で感じているのだろう。
 
 
§
 
もし本当に建築を愛し、
建築に教えられ、
建築と一つになるならば、
それは遊びとも決して無縁ではなく、
遊びを愛し、
遊びに教えられ、
遊びと一つになれる。
 
そうすれば建築にも興味を持ち、
同じように遊びにも興味を持ち、
設計は楽しみを増すだろうにと思う。
 
ウソの建築を大切にするものは、
遊びにもウソを持ち込み、
表面的で住みにくい世界が出現する。
 
人の前でウソの姿を見せ
人の目を欺いて本当の姿を見せる。
 
心すべきことだ。
 
§
 
0603-安並
一年経った安並の家
さらに自然と一体化し、
生活と一体化する。
 
0603-大島
大島の家
いよいよ着工。
 
0603-測量
市道をまたぐように架かる鳥居。
レベルを覗くスタッフ。

お天道さまと、、、

0428-omt引渡し01

「味野の家」引渡し
 
認められるかどうかはともかく
なぜ僕がこの場所で
建築の仕事をしているかといえば
まずこの仕事が好きだから、
つくることが好きだから、
という理由に勝るものはないと思っています。
 
 
行動を支えるものは評価されるためではなく、
好奇心だと思います。
 
「これからここで生活するのを想像するだけでワクワクします。」
 
味野の家のクライアントの言葉はシンプルで
想像や好奇心から行動へ移すことが
大事であることを再確認出来た言葉で、
それが建築の役割でもあるのだと思いました。
 
 
自分の携わるものに生命力を持って取り組み、
結果的に良いものが出来れば
あとは、お天道さまと米のメシはついて回るでしょう。