カテゴリー別アーカイブ: かりそめ

愛される家

0513-漁師町

 
毎日の生活の中で、
機能的で便利なことが
必要だと信じる人がいれば、
遊び心を持ったり
夢を見ることを忘れたら
人間はおしまいだと考える人もいる。
 
 
威厳を保って堂々たることが
世の中から認識してもらえる術だと
思っている人もいれば、
実力さえあれば、
ボロを纏っていたってよいではないか
という人もいる。
 
これは人それぞれの性格であり個性である。
 
各々自由を行使したために、
周囲の人が顔をしかめ、
鼻をつままねばならないことのないように心がけたい。
 
多くの人々にも、
自分が楽しんだと同じだけ
楽しくなる家が
ますます出来そうである。
 
0516-タコス...4
 
0516-88...4
 
0525-屋島

ものさし

0516-タコハチ...4

 
美か醜か、
便か不便か、
堅いか脆いかなどを問わず
人間の手が入って生み出された一切の姿を
造形として取り上げるところから
再出発してみよう。
 
 
「美醜」「本末」「善悪」「功罪」
といった評価をあげたところで、
いずれも何らかの価値観によって
一方を好ましいもの
他方を好ましくないものと判定する。
 
ただ建築の設計の上で、
予算的なこと、力学的なこと
施工上のことなどはいいけど
もはや使い勝手とか、
らしさだとか、
さらに造形や色彩などとなると、
主観的なものがかなり入って、
好き嫌いがものさしとなる。

原初の海

0512-植物

 
波間すれすれを浮遊していた。
 
それは魂が母胎にとらえられる
故郷の瀬戸内海を
彷徨している追憶なのか、
父母来生以前の原初の海を
泳いでいたような記憶なのかはわからない。
 
もしかしたらそれが波間でなく38度線なのかもしれない。
 
 
心が楽しい時、
すべてのものは美しく
生き生きとして感じる。
 
嫌なことがあっても
それを克服する道が見えてくる。
 
楽しそうにしていると
周囲の人までついつられて
愉快にならずにいられない。
 
 
もうろう状態からそんな記憶や感情を
徐々に呼び戻すため、
事務所の近くにある植物を見に行った。

窓辺の場所

0421-tsm01

 
「窓辺の場所」という言葉を
本を読んでいて見つけた。
 
何か素敵な響きの言葉に思えた。
 
卑近な例えだけど、
季節が秋から冬に、
冬から春にかわる頃などは
窓辺でゴロゴロしたくなる。
 
西に向いた窓から見える遠い景色を見ながら
何が大切かという根源的な問いを
忘れないようにしたい。
 
0421-tsm02
 
複雑に絡み合った足場とデッキの骨組み

オープンデスクデシタ

0404-OD

 
いささか学生としては時の積み重ねを
肩に背負い過ぎていたようにも思う。
 
流されずによく考えているからこそ、
もう少し自分の道を考えても
いいんじゃないかという、
我ながら妙な情動が湧いてくる。
 
他人の人生に踏み入って、
その敷かれたレールを
切り換えるデザイン程
難しいことはない。
 
だから自分でデザインするしかない。

満たすことの難しさ

0403-夜桜

 
事務所の近くの散り始めた夜桜
 
 
生きていくことは大変なことだ。
 
「世事わが事に非ず」に
徹底して生きられるためには、
よほどの楽観が必要である。
 
しかしなかなかそれが出来ないから
悩むのかもしれない。
 
 
人々が多様化、情報化の方向をとっているときは、
一人ひとりが何にこだわっているのかを知るだけでも大変な上に、
仮にそれがわかっても、
それを満足させる方法を見つけるのに苦労し、
またやっとそれを見つけたとしても
果たしてその人がその場にいてくれないかもしれず、
その他の矛盾した欲望の人の方が来てしまうかもしれず、
それを全部満たすことの難しさを感じる。
 
 
「年々や桜を肥やす花の塵」芭蕉

裏返しのファサード

0318-塊根植物

 
事務所のコーデックスが芽吹き、
長く続いた暗黒の冬も終わり、
事務所も春の陽気、
晴れ晴れとした空気に包まれる。
 
 
粗相このうえない僕にとって
下着や靴下、
はてはセーターを裏返しに着服して
人と会って平然と装っているのは常のことだけど、
このところ人の心の裏返しに出会うことがある。
 
自分なのか他人なのか
行動なのか言葉なのか
モノなのかカネなのかは確信できたけど、
いつか誰かは街路の乞食になりはてる、
そんなジャン・バルジャン的夢想も
一興というもの。

お礼

0220-築山

 
寒い中、
また遠いところからのご来場、
準備していただいた工務店の方々、
この場を作っていただいたクライアントのTさん
ありがとうございました。
 
 
 
建築家はハンカチを汚さぬままに
哲学や思想をつぶやいてきた。
 
だから人々はそれを聞く耳を持たなかった。
 
小さな庭だけど掘り起こしては盛ってみた。
 
ものをつくるのは
そのものに生命を移すことである。

鳴門の巨岩

0216-坪庭

 
中庭に巨岩が居座っている。
 
工事の時に目を覚ました巨岩である。
 
この家が脇役になるくらいの巨岩である。
 
 
樹や石に神を見るのは日本文化の基層の性格だけど、
いまさらそれを持ち出すのはやめようということで、
巨岩が一つあるのは厄介だから
もういくつか置こうと考えた。
 
そうすれば物神性は少し和らぐだろうと確信し、
動かすことを伝えたと同時に、
監督の眉が曇ったのを見逃さなかった。
 
土に埋まっていた岩を掘り起こしては散りばめ、
散りばめては動かした。
 
散りばめるほど軽いものではないけど、
お陰で自然に溶け込んだ。
 
職人たちの力で仕上がった。
 
曇った眉が晴れ渡った職人の技術で完成した。
 
この庭園は未来を暗示しているに違いない。
 

「鳴門の家」オープンハウス

0211-鳴門OH

 
シンプルな家族構成と
いくつかの要求。
 
地形をながめ、
位置をさだめ、
形を考えた。
 
 
喜びをもたらすことは
人間に必要なもので、
健康は重要な一つである。
 
新鮮な空気、光と坪庭、
高低差のある場所に
適度な運動と休養、
将棋を指し、潮風を感じる。
 
 
 
クライアントのご厚意で予約制ではありますが
オープンハウスを行います。
 
ご興味のある方は15日までにメール等にてご連絡ください。
追って詳細をご連絡いたします。
 
場所:徳島県鳴門市鳴門町
日時:2/17(土)、18(日)
連絡先:info@k-tenk.com